「TOC制約理論を適用した造船システムの課題解決に関する研究」という論文を執筆された、三井E&S造船株式会社 元監査役の土井裕文氏(博士 工学)に、本論文に込めた思いをうかがいました。その内容を3回に分けてお伝えいたします。その第1回をこちらにまとめました。
システムのパーパスを定義する
―― 論文は7つの章で展開されます。その中で最も伝えたかったことを挙げるとすれば何でしょうか?
土井 まずはシステムのパーパスをしっかり定義しようということです。企業という組織は「システム」と捉えることができます。パーパスとはシステム、つまり組織の存在目的を示す言葉であり、「なぜ、その企業が社会に存在するのか」を明らかにするものです。
創業期からの社歴が長くなって世代交代が進むと、いつしか企業が何のために製品やサービスを顧客に提供しているのか、わからなくなってくるリスクがあります。
私は造船業界に長らく身を置いてきました。今回、研究を通じてあらためて考えた造船システムのパーパスとは「世界の幸せな暮らしを環境にやさしい安定した海上輸送で支える」というものです。
いかなるシステムも自然が生み出すエコシステムの中に包含されます。したがって造船システムのパーパスを考える前に、エコシステムのパーパスを推察しなければなりません。私はエコシステムのパーパスを突き詰めていくと「すべての人や地球上の動植物が幸せに暮らす」ことだという考えに至りました。
こう仮定すると、人類による農水産業や工業を通じ、適正なレベルで生産された食糧や資源、エネルギーが物流システムを通じて人々に行き渡ることで、エコシステムのパーパスが持続的に実現できるといえます。反対に、この流れが偏ったり、誰かが独占しようとしたりする力が引き金となって、我々は対立や紛争を起こします。海事産業のパーパスは、エコシステムのパーパスと矛盾があってはいけません。先述した造船システムのパーパスの定義に辿り着いたわけです。
パーパスはシステムの成長を引き出す源泉です。一方で、システムにはさまざまな制約があり、それがパーパスの実現を阻む要因にもなっています。
自然科学と制約理論に共通するもの
―― 土井さんがTOC(制約理論)を知ったきっかけを教えてください。
土井 2012年、私は三井造船のものづくり推進部に所属し、社内コンサルタントとして、船舶の設計業務におけるリードタイムの短縮など、業務改革を進めていました。その頃、千葉工場では工場長が管理職に対して「ザ・ゴール」を読むように宿題を出したと聞きました。実は、私も随分前に当時の事業部長から、夏休みの宿題に「ザ・ゴール」を読むよう指示があったことを思い出しました。本を手に取りましたが、正直なところ、あまりの本の厚さに読まずじまいで書棚の飾りになっていました。あらためて社内コンサルとして「これは学ばなければ」と思いました。後日、工藤さんにお会いし、TOCのレクチャーを具体的に受けたときにいろいろな気づきや発見が得られました(詳しくは「プログレッシブ・フロー・ジャパン CEO 工藤さんとの思い出」をご覧ください)。
TOCそのものは難しい話ではありません。たとえば、論文に記したように、制約の1つにボトルネック型があります。ボトルネックはシステムのなかの生産のつながりにおいて、最も能力の低いところを意味します。
造船の世界で、ボトルネックは馴染み深いものです。船の安全性に関わる強度計算では船体に働く応力を調べて制約となる最も弱いところを見直します。船舶の設計で用いられる流体力学では一定の流量を作る際に抵抗などを用いて、最適なバランスを決めたりします。
「ザ・ゴール」の著者でもあるエリヤフ・ゴールドラット博士は、自然科学で用いられるさまざまな知識を、よりよい経営や社会をつくるために応用しようと、体系的に整理したのではないかと想像します。
→ インタビュー第2回に続きます。
論文の原文は土井氏のご厚意により弊社サイトに公開しております。
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