
皆さん、こんにちは。ヤニフ・ディヌールといいます。私はプログレッシブ・フローのCEOと、プログレッシブ・フロー・ジャパンの会長を務めています。
さて、エリヤフ・ゴールドラット博士(私たちは、親しみを込めてエリと呼んでいました)は、2つの原則に基づいてTOC(制約条件の理論)を開発しました。
1つは、物理学者である彼はハードサイエンスで使われる基本的な概念や手法は社会科学にも適用可能であり、また適用すべきである、という慣習に基づいて研究を進めたことです。
もう1つは、TOCが人々の行動を対象としていることを常に示そうとしたことです。人間の行動には慣性が大きく作用すること、全体最適よりも局所最適を重視する傾向があること、正しい測定の重要性といった、多くの指摘を残しました。
晩年すでに病気を自覚していた彼ですが、最後となる著書の執筆を開始していました。タイトルは「マネジメントの科学」(The Science of Management)です(このコラムで言及する「Management」とは、経営層だけでなく、日本企業におけるミドルマネジメント層の取り組みも含めたより広い概念を意味しています。*プログレッシブ・フロー・ジャパン編集注)
とはいえ、残念ながらエリが書き進められたのは、最初の3ページだけでした。
しかし、この3ページの中でエリが、人間の行動に関するTOCの本質をまったく新しい言葉で表現したことは注目に値します。それは、Fear(恐れ)という言葉を初めて使ったことでした。
エリが最後に記した言葉で本当に言いたかったことを私なりにまとめると、次のようになります。
いずれも私にとって洞察に満ちた言葉でした。しかしそれと同時に、新たな疑問が湧いてくるのを感じました。
- なぜ、エリは「恐れ」という言葉を初めて使ったのでしょうか?
- なぜ、それまで一度も使わなかったのでしょうか?
- 人間の最大の制約は「恐れ」であり、それゆえ、あらゆる行動は「恐れ」から生じていることを、最晩年のエリは理解していたのでしょうか?
それらの答えをエリから直接聴くことはもう叶いません。
人が変化を好まないのはなぜ
私が持った疑問はほかにもありました。その中で興味がそそられたのは、
- この3つの恐れによりマネジメントに関するすべての説明が可能なのか?
- それとも、マネジメントにおける行動を支配する、別の恐れというものはあるのか?
ということでした。

私は、2015年7月に日本で開催されたTOCのカンファレンスで基調講演に立ちました。その時にこれらの問いに対する回答と、最初の3つの質問(プロジェクト環境と製造環境の両方で現れる事例)に関する深い学びを2時間のプレゼンテーションで表現しようと試みたことがあります。
本稿でも私は、次のような問いを皆さんに投げかけてみたいと思います。すなわち「エリが言語化していない別の恐れ(第4の恐れ)が存在し、ひょっとするとその恐れを理解することが、TOCをマネジメント手法の本流に導くために必要な手がかり(ミッシングリンク)なのではないか?」という問いです。
すでにTOCは、現存する最も効果的なマネジメント手法であることは、世界中の多くの産業における、数え切れない事例が証明しています。TOCが最も効果的な方法であることを定量的に示す学術的な研究も多々あります。業界のリーダーたち、たとえばアマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス氏もTOCを周囲に薦めています(詳しくは2014年11月6日付の『THE WEEK』をご覧ください)。
それにもかかわらず、TOCの導入や考え方が世界の産業界のまだ一部でしか受け入れられていないのは、なぜでしょう。
TOCは30年以上、「人とは変化に抵抗するものなのか?」という問いと向き合ってきました。この問いに対するエリの答えは、いつも「NO」でした。人々が変化に抵抗するのは、私たちがその変化のあらゆる側面を見せられなかったときだけである、と。
TOCにおける「チェンジマトリマクス」では、4象限に区切ったマトリクスに、変化を起こすことのプラス面とマイナス面、起こさないことのプラス面とマイナス面をすべて示します。TOCの考え方や手法を受け入れられるように、人々や企業を説得するときに活用するツールです。

私が注目したのは、TOCは長年にわたって、4つの象限のうち3つに対して多くのツールを開発してきたことです。すなわち変化することによるプラス面(金の壺)に関しては、決定的競争力(DCE : Decisive Competitive Edge)、SFS(Solutions for Sales、TOC流の営業とマーケティングの知識体系 )、スループット会計、シミュレーターなどが開発されています。一方、変化することによるマイナス面(松葉杖)に対しては、S&T(strategy & tactics)ツリーやテンプレートなどのツール、ネガティブブランチの刈り込みなどの思考プロセス、その他多くのツールを開発しました。また、変化しないことによるマイナス面(ワニ)を定量化し、鮮明に浮かび上がらせるツールも開発しました。UDE(undesirable effect)分析、CRT(current realty tree)、CCRT(communication current reality tree)、FRT(future reality tree)などは、企業が変化しなければならない理由を示すためのツールです。
しかし、それでもまだ変化に向けて十分な動きが見られない理由を私は、変化しないことによるプラス面(人魚)に対処するツールが開発されていないためだと考えています。
「今あるもの」を失うことへの恐れ
ダニエル・カーネマン教授(2002年ノーベル経済学賞受賞)や、ダン・アリエリー教授(著書『Predictable Irrational』、邦題「予想どおりに不合理」)は、「今あるものを失うことへの恐れ」が大きな力を持つことを証明しています。

私たちは、エリが言及しなかった、このもう1つの巨大な恐怖に直面しています。この第4の恐れは、(変化に関する)すべての側面が提示され、理解され、合意され、すべてのリスクが軽減されているときでさえも、私たちが一歩踏み出すことを押し止めてしまいます。
この人々の行動をよりよく理解するために、「ゴリラの捕まえ方」についての話をしたいと思います。
ゴリラを捕まえるのは簡単なことではありません。(もともとの性分は温和といわれますが)強い力を持つ生き物です。そのゴリラを捕まえる方法の1つに、ジャングルの中で小さな穴が開いている大きな木を探すことを考えてみましょう。
穴の中にバナナを置いて、待ちましょう。ゴリラはバナナの匂いを嗅ぎつけると、穴の中に手を突っ込んでバナナを探り、掴もうとします。しかし、穴が小さすぎて、ゴリラの拳の中にあるバナナを引き抜くことができません。
ゴリラはどうするのでしょう? 持ち前の剛腕で木を揺すり、罠から逃れようと執念深く奮闘します。けれども結果は芳しくありません。ゴリラが木から手を抜き取るためにできる唯一の行動は、バナナを手離すことです。しかし、そうはしません。掴んでいる食べ物を手離すことはゴリラの習性に反することでしょう。今ならばゴリラに近づくことは容易なはずです。ゴリラにとってバナナを失うことへの恐れは、ハンターが近づいてくることへの恐れよりも強いといえるかもしれません。
第4の恐れの克服に向けて
たとえ既知の明確な脅威があったとしても、安全で慣れ親しんだと感じる快適なゾーン(comfort zone)から逸脱することに人は恐れを感じます。

この「第4の恐れ」は、エリが定義した最初の3つの恐れとは少し性質が異なります。3つの恐れはどちらかといえば組織的な性質や側面を持ちますが、この第4の恐れはより個人的なものに属しています。その意味でこの恐れは、人の意思決定において圧倒的に大きな動機となるものであり、無視することはできません。
マネジメントにおいては、第4の恐れを克服するための努力をしていく必要があるでしょう。その努力が進展していくことでより多くの人々が、変革に向けた一歩を確信を持って踏み出せるようになると私は思います。
*掲載したコラムは、ヤニフ・ディヌールが過去に記した英文コラムをプログレッシブ・フロー・ジャパンが編集、日本語訳したものです。
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