「何の問題のないプロジェクト」に隠された課題

現場はさまざまな仕事の上に成り立っています。現場で何らかの問題が認識されたときには、その複雑な構造や背景にある流れ、因果関係を丁寧に解きほぐしていく必要があります。

ある企業には、ベテラン社員の比率が高い、ものづくりの部署がありました。8割を占めるベテランは豊富な経験と研鑽してきたスキルを有し、社内でも一目置かれています。部署内で行われるプロジェクトは比較的短いリードタイムが要求されていましたが、この部署ではスケジュールやリソースをコントロールし、納期の遅延はほとんど生じていませんでした。一見すると、申し分のない部署です。

その部署が生産を担う、ある人気商品がその会社にはありました。巷で話題になったこともあり、当該商品の需要は一段と旺盛です。しかし、課題を抱えていました。生産に関わるキャパシティが足りず舞い込む注文を受け切れなかったのです。生産プロジェクト自体には取り立てて何の問題もないにも関わらず、会社として商機を活かせていませんでした。

相談を持ちかけられた弊社TOCコンサルタントが、当該部署の仕事を紐解いてみると、あることが見えてきました。それは、数名の卓越したベテラン社員がプロジェクトのほぼすべてのタスクに関わっているということでした。

プロジェクト単体で見ると非常に効率がよく、ミスもなく、短期間で成果を挙げています。言い換えると採算性がそれなりに高い。しかし、目の前のビジネスチャンスを逃さず掴んでいるか、という組織全体のスループットの観点でいうと、「何の問題もない」ように見えるその部署が実は、全体の足を引っ張る形なのでした。

タスクに人を割り当てる

ある部署の業務から得られる最大のスループットが、全体の成果を押し下げてしまっている状態は、もったいないことです。そこでTOCコンサルタントは「あらゆるタスクに、希少リソースに該当する、特定のスペシャリストたちがどうしても関わる必要があるでしょうか」と現場の方々に尋ねました。

一般に、業務を分解してみると、熟達したスペシャリストしかできない仕事と、熟達していない人でもできる仕事に分けられます。この部署においても例外ではありませんでした。図を見ながら説明しましょう。

上図では、Aさんが希少リソースであることを示しています。そして、中堅社員のBさん、若手社員のCさんがいます。Bさん、Cさんは高いレベルを求めて、次へ、次へと自分の技能を上げていくことが期待されています。試行錯誤やさまざまな失敗を重ねながら経験値を蓄える機会は一人前に育っていくうえで不可欠です。

こうした職場で最初に決めておくことは、制約になっているAさんが自分でしかできない仕事、最も適任である仕事は何かを定義することです。それから、その仕事に集中できる、スループットの高い状態をできるだけ作ります。すなわちAさんの仕事のうち、他の人もできる仕事の比率はできるだけゼロに近づけます。そのために中堅のBさん、若手のCさんに仕事を移譲していくことが重要です。

間接部門のメンバーの協力が得られるとさらに効果的です(コラム「間接部門こそ、売上/利益に貢献できることをご存知ですか?」もあわせてご覧ください)。

仕事内容の定義をして役割分担を見直した後の図で、中堅Bさんの業務にはAさん適任の仕事の割合が多めになっています。これには将来を見据えBさんにノウハウを伝える、頼りにしているぞ、という意図があります。また、若手CさんにはAさんの業務はまだ難しいので除き、代わりにBさんの仕事を増やしています。Cさんにも、Bさん同様に、やりがいや自らの成長を感じてほしい、という思いがあります。この図はあくまで一例です。さじ加減は、各担当者の適性や意欲、練度などによって変わってくるでしょう。

ただ、このようにほかの人に手伝ってもらったり、権限を若手に移譲したりする取り組みがなかなか進まないこともあります。

「引き継ぐ作業が面倒だ」「ウチには教育にかける時間など忙しくてない」といった声は珍しくありません。中堅社員に引き継ぎを依頼すればそれはそれで思い通りにいかないこともあります。つい煩わしく自分でやってしまう、自分で処理したほうが手っ取り早く気が楽なんだ、という気持ちはごもっともです。けれどもその状態で年間にどれだけの数のプロジェクトを回せるでしょう。実際、ベテラン陣がどれほど頑張っても年に回せるのは限られた数のプロジェクトで精いっぱいでした。

そのようなやり方を続けていると周囲も本人も気づいた時には、仕事の属人化が進んでしまい、組織全体のスループットは頭打ちになります。

スループット向上と技能継承に共通する本質

皆さんの職場でも、プロジェクト単体の採算性だけをみると堅調であるために、「もうこれで十分ではないか。もう改善する余地はないんじゃないか」という諦めに陥っていることがないでしょうか。

ところが制約となっていたベテランが本来やるべき自分の仕事に専念できるようになることで、組織全体のスループットは劇的に高まります。前述のメーカーではスループットが、1年目で基準年に対して1.7倍、2年目で2.5倍になりました。当初試算された4倍という目標も決して手の届かない数字ではない、と現場も手応えを掴んでいます。

ここで1つお伝えしたいポイントがあります。「人財育成や技能伝承が上手くいっているかどうか」を評価する際には、「制約におけるスループットが向上し続けているか」の観点で行うことが適切です。

一般に企業における評価基準は、プロジェクト単体の採算性でみることが少なくありません。先述の企業も、ある部署における業務スループットの評価と全体のスループットの成果が紐づいていない状態でした。

ベテランの方がいままでの仕事のやり方にこだわってしまうと、制約におけるスループットが低下しやすくなります。また、自分の成長の機会を止めてしまうだけではなく、中堅、若手の成長を止めてしまうことがあります。さらに「そういう職場で働きたくないな・・・」と思われ、外部からの人材確保が難しくなる懸念があります。「まだまだ私はやれる」というときにこそ、人財育成や技能継承のために残された時間を検討してみてください。

1人ひとりがやりがいを感じられる環境をつくる

逆に、もし組織の中で自分が「この会社のこの仕事ではもう成長が見込めないところまで来たな」と、ある種の限界を認識したときはどうすればよいのでしょうか。

一線からは退きつつも組織に残り、自らの磨いてきた技能やノウハウの伝承に努め、コーチやメンターとして中堅、若手の育成に臨む人もいます。これはベテランしかできない仕事といえるでしょう。

他部署やグループ会社へ異動するケースもあるでしょう。また、社内の起業制度などあれば、それを利用して組織に残る道もあるはずです。その中で「その会社が過去に経験したことのない新しい仕事」にチャレンジするケースも出てくるかもしれません。これまでのスキルが通用するかどうか悩みどころですが、会社として新規事業にチャレンジしていくときに、場数を踏んだ人材が持つ、多少のことでも動じない胆力は頼れるものです。

そうした選択肢も熟慮の上で、あえてベテランのAさんが「卒業」して、独立・起業するなど新たなステージに臨む選択肢もあるでしょう。

「それまでの仕事のやり方」にこだわってしまうと、中堅、若手の成長につながらず、組織全体のスループットが下がることになりかねません。人に仕事(タスク)をつけるのではなく、仕事(タスク)に人をつける。そのなかで自分のステージに合わせたチャレンジをそれぞれし続けることは、変化に強い組織を作る上で1つの理想的なあり方といえるかもしれません。


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