イノベーションの成功確率を高めるTOC
「そろそろウチも新規事業を立ち上げなければ」
「イノベーティブなサービスを作りたいのだが、どうすればよいのか」
こうしたお悩みに、私たちコンサルタントはしばしば接することがあります。
とはいえ、ひらめきに溢れる一握りの天才を見つけること、育てることは至難の業で一朝一夕にできることではありません(「イノベーション」とは何かについては、こちらの弊社コラムをご覧ください)。
しかし、新規事業プロジェクトを推進するメンバーのモチベーションを高め、アイディアや知見を引き出しやすい環境を作り、イノベーションを生み出しやすい組織に変えていくことは決して不可能ではありません。
なかでも重要なポイントを3つ挙げたいと思います。
- 多くのアイディアが生まれやすい環境づくり
- 仮説検証サイクルの高速化と精度向上
- 経営トップのコミットメント
それでは順に見てまいりましょう。
多くのアイディアが生まれやすい環境づくり
当初失敗だと思っていた案も見方を変えると新規事業のきっかけになることがあります。スリーエム(以下、3M)が開発した「ポストイット」の事例はよく知られていますね。
特に、顧客と直に接する営業や保守といった部門担当者の胸の内に、貴重なヒントが隠れていることが多々あります。しかし、せっかくよいひらめきを得ても「こんなこと言っても無視されるだろうな」「失敗する可能性のある提案は却下されるだろうな」とチームのメンバーが心の中で忖度し、自らブレーキをかけているケースが少なくありません。
もちろん、すべてのアイディアが成功するとは限りません。むしろ、そうではないことが普通です。だからこそたくさんのアイディアを多く生み出せる、ポジティブな場づくり、心理的安全性が確保されたリラックスした環境が重要になります。
「そうはいっても、よいアイディアや閃きをまとめる時間もなく、日々の仕事で手一杯だ!」ということもあるでしょう。どうすればよいでしょうか?
たとえば、グーグルでは就業時間の20%は社員が自由に用いて良いというルールを導入しています。ちなみに、こちらの「20%ルール」は、先述のポストイットを開発した3Mが先行して導入していた「15%カルチャー」をヒントにした、といわれています 。15%カルチャーも同様に、社員が就業時間のうち85%は顧客対応や他の社員からの業務ニーズに対応に充てるものの、残りの15%を自己研鑽やスキルアップなど自由に使ってよい、という社内の約束事です。3Mでは近年のコロナ禍でも、15%カルチャーの中で社員主体の発案による、コロナウイルス感染拡大防止用のフェイスシールドの製品化を実現しています 。
一方、アイディアを生みやすいゆとりを生み出すためには、就業時間の85%や80%を占める、やるべき仕事は効率よく完了させなければなりません。こうしたマネジメントはTOCが得意とする領域です。「アイディアを生み出すゆとりを作ること」と「生産性の向上」はセットで進めることが重要です。
仮説検証サイクルの高速化と精度向上
いかに有能なカリスマ経営者の優れた仮説でも、試行した後のフィードバック、正しいデータというインプットなくして検証することはできません。一見、優れた仮説でもその根拠や基礎になったデータが現実から乖離したものであれば、誤った経営判断を導く危険さえあるからです。
現実に即したデータを引き出して、仮説を軌道修正することは、仮説検証の精度を高め、事業の成功確率を高めることにつながります。
新製品導入では一般に試作品をユーザーに触れてもらい、そこで得られた知見から改良を重ねます。それだけではなく社内のさまざま部署に見てもらい、組織内の垣根を超えることで多角的な意見でアイディアを洗練させたり、思いがけない気づきを得たりする機会を拡げてみてください。
経営トップのコミットメント
せっかくよいアイディアや着想があっても、それを形にするためにプロジェクトのリーダーがアクションを起こせる予算や時間、生産体制などが確保できなければ試作品も開発できません。R&Dに対する権限を持つ上司やトップの理解、資金確保などの協力が不可欠です。
Strategy&が2018年に実施したグローバル・イノベーション調査によると、R&D支出額ランク1位のアマゾンは226億ドル(対売上高R&D支出比率は12.7%)、2位のグーグルの親会社アルファベットは126億ドル(同14.6%)、3位のフォルクスワーゲンが158億ドル(同5.7%)でした。
もとより開発資金の確保は重要なのですが、予算権限を持つ上司や肝心のトップ層が、かつての成功体験や常識に囚われてしまっていないでしょうか。「そんなアイディアは聞いたことがない」「うちでは採算に合わないのでは」という否定的な思いが顔を出せば、せっかく出てきた事業の芽が潰れてしまいます。経営幹部層の顔ぶれに多様性(ダイバーシティ&インクルージョン)が乏しい場合にも、見方が偏りがちです。
もし「そんなアイディアではダメだ!」と口にしたくなったときに「なぜダメなのか、できないと思うのか」と真の理由が言語化できるまで踏み込んでみましょう。実は、ささいな会社の慣習や担当者のこだわりに過ぎなかった、ということはよくあります。真因を探るTOCの考え方やツールを使うことで核となる問題を洗い出すと、よく見えてきます。
一方、「ここはもっと変えたい」「いいや、元々のアイディアがいい」など対立する意見が出ることもあるはずです。矛盾を解消し、いかに建設的に合意形成を進めていくとよいでしょうか。そのような場合はTOCで用いる、自分自身や組織の中で顕在化したジレンマを解消する「クラウド」の考え方が有効です。
大きな飛躍を生み出す「失敗」の積み重ね
TOCの創設者であるエリヤフ・ゴールドラット博士は、価値について次のように記しています。
価値とは、顧客にとって重要な限界を、過去には不可能だった方法を使って、どの競合にもできなかったレベルで取り除くことで、もたらせるものである。
たとえば「どこでもいつでも音楽を聴きたい」「早く荷物を届けたい」「出品したアイテムの価値を早く査定してほしい」といった現状の限界を超える要望や着想は、ウォークマンやiPod、宅配便のサービス、買取り査定アプリといった、新たな価値をもたらす画期的なプロダクトやサービスによって可能になりました。
このようなイノベーションの大きなうねりの周期や、安定した平衡状態に達するまでの時間と、会計年度をベースとする事業の周期には一般に大きな差があることにご注意ください。10年、20年のスパンでは大きな変化でも、事業の視点では「連続」に少しの変化を加えた、ごくわずかな変化にしか見えないかもしれません。しかし、「連続+α」を複利計算のように積み重ねていくと、振り返ってみた時に大きな地殻変動が生じていて風景が様変わりしている、ということがあります。
一方で、当初は画期的で斬新だった商材も、いつしかやがて「あたりまえ」となって生活に溶け込んでいくものです。そうした市場に行き渡って普及した状態は、新たに現れる別のイノベーションによって、いずれ取って代わられる日が来るかもしれません。
「イノベーション」について検討するときに関係者の皆さん1人ひとりが、ゴールについてどのようなイメージをお持ちでしょうか?
お互い率直に語り合ってみることをお勧めします。「短期間に大きなインパクトを起こそうと背伸びしていないか」「あるイノベーションがいつまでも市場優位性を維持し続けると思い込んでいないか」「目指すゴールのイメージが異なっていないか」など、確かめつつプロジェクトを進めることは成功確率を高めるために大切なポイントです。
さて、前後編にわたってイノベーションを起こしやすい環境づくりについて考えてみました。仮説検証サイクルを効果的に回すためには、「失敗」の仕方に詳しい知見を持つ外部のコンサルタントを活用することも、時間の節約と成功率の向上に役立つかもしれません。また、優れたイノベーターを擁する組織がTOCのアプローチを加味すれば、さらに大きなインパクトをもたらす可能性があります。
皆さんの会社ではイノベーションが起きやすい環境になっていますか?
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