株式会社テプコシステムズ コンサルティング・ソリューション推進室 矢口 博氏

TOC思考プロセスを応用したTEPCOグループのITシステム開発を支援

東京電力ホールディングス株式会社などで構成されるTEPCOグループは、2017年よりITプロジェクトの成功率を高めるQCD改革に取り組んできました。同グループのITシステムの開発やサービス提供を担う株式会社テプコシステムズのコンサルティング・ソリューション推進室に所属する、矢口博氏に取り組みの内容や成果、ポイントなどを伺いました。

システムトラブルの再発防止に向けて模索

―― まずは、どのような経緯でITシステム開発の改革に関わられたか教えてください。

株式会社テプコシステムズ コンサルティング・ソリューション推進室 矢口 博氏

矢口:私は20年以上にわたりテプコシステムズのエンジニアとして勤めてきました。その後、親会社(TEPCO)に出向して大規模なITプロジェクトのマネジメントなどに携わりました。現在はTEPCOグループ全体のITに関するコンサルティング業務を担当しています。

電力小売の自由化に伴う制度改革に併せて2013年から2016年にかけ、分社化やITシステムの刷新といった改革がグループ全体で実施されました。そこで起きたのが、電力料金の請求業務などに直結するITシステムのトラブルでした。主たる原因は統括推進体制の不備や、システムの複雑化に起因するシステム機能の弱さ、開発段階でのリスク想定と対策が不十分など、プロジェクト全般のマネジメントにあると判断されました。

TEPCOグループでは、年間200から300件のITプロジェクトが進められています。失敗させることなく、システムの品質(Q)、コスト(C)、デリバリー(D)の水準を高めるにはどのようにするべきか。社内で検討を重ねました。新しい方法論に関する意見やアイデア、ソリューションなど数えきれないほど出てきましたが議論は収束しません。

TEPCOグループ内のITシステム開発の投資計画などをあらためて精査しましたが、個々の施策は練り上げられていました。にもかかわらず、大きなトラブルが生じたわけです。何をすれば再発防止ができるのか。方向性が見えないまま悩む時期が続きました。

問題解決に新たな視点をもたらしたTOC(制約理論)

――その中でTOCの考え方に新鮮な驚きを覚えたそうですね。

矢口:過去にTOCに関するセミナーで聴いたコンサルタントの一節をある時ふと思い出したのです。主旨は、マネジメントを変えると組織が劇的に変わる、というものでした。それは当時システムを提供する立場の自分にはなかった発想でした。状況を打開できるヒントがあるかもしれない、と思ってあらためてTOCの思考プロセスなどを体系的に学べるプログラムを受講することにしました。

TOCには問題解決のための思考プロセスや道具立てが一通り提供されていますが、理論の骨子は、物事を全体的なシステムとして捉える全体最適の考え方にあります。システムの中につながりが存在し、システムを構成するリソースにばらつきがあれば、全体のパフォーマンスはシステム全体のボトルネック(制約)に依存します。そこへ経営資源を集中してシステム全体のスループットを高めようという考え方です。

学んだ思考プロセスをもとに、それまで抽出した200以上の課題を、もういちど調べ直しました。まず、全体最適における「全体」を”システム”として再定義しました。

TEPCOグループのITシステムを作り出す”システム(流れ)”は、投資計画と企画・要件定義を行う親会社の役割と、設計・開発、運用・保守を主に担う子会社(テプコシステムズ)の役割がありますが、それらを横断して捉えました。

また、表出した問題を「望ましくない結果」(UDE:Undesirable Effect)と定義し、フォーカルポイントをあぶり出しました。すると開発プロジェクトが計画通りに終わらず、成果が期待通りに出ない要因として、あいまいな要件定義が見えてきました。プロジェクトが遅延すれば優秀なエンジニアが対応に追われ希少リソースが不足します。成果が出なければ出そうというプレッシャーがかかります。リソースが逼迫したままプロジェクトを立ち上げたり、目的やスコープが不確かな状態でプロジェクトを進めたりすると、後から開発段階で仕様の漏れや拡大が生じ、プロジェクトの遅延やシステムの品質低下につながる、という負の循環が明らかになってきました。

要件定義におけるジレンマが浮き彫りに

プログレッシブ・フロー・ジャパン株式会社(Progressive Flow Japan Ltd.) 代表取締役社長 工藤 崇
プログレッシブ・フロー・ジャパン株式会社
(Progressive Flow Japan Ltd.) 代表取締役社長 工藤 崇

―― 課題の全体像が次第に見えてきたわけですね。

矢口:そうです。制約はシステム開発における企画構想の段階にあることがつかめてきました。さらにクラウドなどを用いて分析、検討すると特に、要件定義の迅速さと正確性について意見の対立が生じていることが見えてきました。つまりある程度のスピードを保ちつつも、必要な粒度まで要件定義を行うことが必要だとわかったのです。

次にどのように進めるかです。2つ取り組みをご紹介します。

まずは、超上流工程の重要性です。ユーザー側が何をしたいかという要求を決定しない限り、よいものはつくれません。TEPCOグループとして何のためにITシステムを開発するのか、あるいはやめるのか、その検討や重要な意思決定に経営層が入ることが不可欠です。そのようなITシステム開発プロセスとマネジメントに見直そう、というのが大きなポイントでした。

もう1つが、人材育成です。TOCの思考プロセスの概念を組み込んだ、新たな開発プロセスの教育・啓発活動に取り組みました。TEPCOグループ各社のIT部門関係者や要件定義を行う担当者などが参加しています。毎年300から500名が受講し、参加者は延べ2500名を超える規模になりました。

2017年頃から累計1000以上のプロジェクトで新たな仕事の進め方を導入しましたが、かつて起きたような重大な問題は発生していません。システム開発プロジェクトの成功率は100%を維持しています。

(インタビュー実施:2023年12月)

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