AIが得意な言語処理機能に着目
前編のコラムでお伝えしたように、私たちの研究開発プロジェクトの起点には「思考プロセスを企業経営における問題の解決などに、もっと活用しやすくすることはできないか」という問いがありました。そこで着目したのは、進展著しい人工知能技術分野の一種である生成AI、特にLLM(大規模言語モデル)を利用するAIでした。
理由のひとつにあったのが、テキストの要約や翻訳、質問への回答といったLLMが得意とする言語処理機能は思考プロセスを補助するのに親和性が高いのではないかという仮説です。
思考プロセスにはさまざまなツールがありますが、今回の開発ではそのスコープをUDEとCRTにしました。UDEとCRTは、思考プロセスのステップにおいて「何を変えるのか」(What to change?)を探るうえで効果的なツールに位置付けられています。
RAGを利用して回答精度を向上
AIを実際にシステムとして構築するにはいくつかのやり方があります。もし資金などのリソースに糸目をつけないならば、TOC(制約理論)に特化したLLMを構築するのが最も理想的かもしれません。しかし莫大な投資が不可欠です。そのため、私たちはGoogleやOpenAIなどが提供する商用サービスを選択しました。これならLLMを自ら構築することに比べて少ない投資で済みます。
ただ、一般的な商用サービスを調整(チューニング)することなくそのまま使っても、思考プロセスを使うという意味では回答の精度が低かったり、必要な機能が不足していたりする課題があります。かといってファインチューニング(追加学習する手法のひとつ)を施すには、LLMを自社開発するほどではないにしても、開発コストは跳ね上がります。

そこで、私たちはTOC思考プロセスに関する情報(コンサルタント経験のノウハウなど)をAIが参照できるようにし、回答精度の向上を図るRAG(検索拡張生成)という方法を採用しました。RAGの設定ファイルには、作成しようとするUDE・CRTの背景情報(どういう業界の問題なのかなど)、言語(英語や日本語など)の指定、「UDEとは何か」という定義や例、原因と結果を結びつけるルールなどを記します。また、AIに分析させる入力データとして、業績低迷や市場シェアの低落に悩みを抱える、架空の企業の経営状況などをテキストで用意しました。
さて、プロトタイプのシステムにUDEを作成させると数秒から数十秒ほどの短時間で結果がテキストとして出力されました。また、CRTの描画も、途中のデータ変換処理などを挟んでもごくわずかな時間に完了できました。半日かかることもあるような作業をTOCの専門家の手を借りずとも実施したのです。

ただし、今回開発したプロトタイプにはいくつか注意点があります。本来UDEの作成とCRTの描画は、TOCコンサルタントの質問などを交えながら関係者でのディスカッションや合意形成のもとで進めることが前提ですが、本プロトタイプではスコープ外としました。また、出力されるUDEやCRTの良し悪しについては、入力データやRAGの内容などに影響されるため評価から外しています。
一方、どのようなRAGの設定ファイルを作成すればよいかなどについては社内メンバーの意見を仰ぎました。
TOC Innovation Summit 2024で私たちが講演したセッションでは、各国のTOCコンサルタントを中心に、部屋がほぼ満席になるほどの方が聴講し、この分野への関心の高さが感じられました。講演後の質疑応答の場でも、TOC思考プロセスの活用について真摯に考えている方々だからこそ、という意見を頂戴しました。例えば、TOC思考プロセスは合意を形成したり考えたりするためのツールであり、システムが出すアウトプットに大きな意味はないとか、システムが出したアウトプットを鵜呑みにして信じてしまう人が出てくる可能性があるため、使い方にはよほどの注意が必要だといったものです。
そのようなご意見もありましたが、UDEとCRTの作成には、プロといえども少なからず時間を要するため、そのとっかかりとして完ぺきとは言えなくとも初版を作成する時間が大幅に短縮できるだけでも価値が高いというご意見も数多くいただきました。
初版に求められるレベルがどの程度のものかは一概にはいえませんが「0から1」を作ることに皆さんご苦労されていることが伝わってきました。
UDEとCRTの初版を効率よく作成
さて、AIを活用した思考プロセスの新たな試みを通じて得たのは、UDEやCRTの作成を専門家がまわりにいなくても、または作成者に思考プロセスの詳しい知識がなくても、議論のたたき台となる入口を作るうえで有効ではないかという可能性でした。

とはいえ、開発では満足できなかったところもあります。AIも万能ではありません。強みや弱みを踏まえた上で、RAGの設定ファイルにおける記載内容の工夫、ユーザーインターフェースの改善など、改良の余地はまだ大きいと考えています。これらの課題をクリアしていけば、やがて思考プロセスの他のツールへの展開も視野に入るでしょう。
前編でも述べたように、サプライチェーンの担い手である企業の経営者や働く人たちが、自らの手でさまざまな問題を解決し、顧客により喜ばれる存在になっていくことは、私たちが描く企業や社会の理想像のひとつです。そんな世の中の実現に向けてこれからもチャレンジしたいと考えています。
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