消えたコメの行方

企業経営における適正な在庫とはいったいどれくらいを意味するでしょうか? この問いはキャッシュフローや販売、生産計画を左右する重要なファクターです。本論に入る前に、2024年に値上がりした国内のコメの話題を取り上げたいと思います。

総務省の小売物価統計調査によると、全国の主要都市におけるコシヒカリ5キログラムの小売価格(精米)は、2024年夏から大幅に上昇しました(上昇率は2024年11月時点で28%~91%)。店頭のコメが売り切れてしまうスーパーやコンビニがメディアで報じられ、ネットでも情報が拡散されました。都市部の店舗では一人当たりの購入制限がかけられたり、産地に近い地方まで買い付けにいく人が出たりと混乱がみられました。背景としては、コメの供給量の減少と需要の増加が指摘されています。

湯気が立つご飯

2023年産の主食用米の生産量は661万トンで農林水産省の見通しを1.2%下回りました。記録的な猛暑がもたらした稲の高温障害が大きな要因です。一方、農林水産省の資料によると、2022年の段階ですが、主食用米の需要量は691万トンでした。また、近年の日本食に対するインバウンド需要の勢いは依然衰えず、小麦などに比べてまだ相対的に値ごろなコメに対する食卓および中食・外食の需要はすぐ減りそうにありません。農水省による2024年12月の発表では、2024年産は679万トンで前年比2.7%増と持ち直しましたが、2022年の需要量と単純に差を取ると12万トン不足する計算です。

長期的なトレンドで俯瞰すると

しかし、長期的にみると国内における主食用米の需要は、一人当たりのコメの消費量や人口が減少している効果により、年々右肩下がりのトレンドにあります。

主食用米の需要量の推移

(出典:「米の消費及び生産の近年の動向について」令和6年3月 農林水産省農産局)

不足する十数万トンが多いか少ないかの見方については意見が分かれそうです。ただ、上のグラフをみると必ずしも「生産量が需要量に対して少ない」と言い切ることは難しいでしょう。

しかし一服感はあるとはいえ、消費者の立場ではいまなお店頭でのコメの価格は高止まりし、売り場によっては台湾産など海外産のコメも散見されます。2025年も需給が逼迫した状況が続くのでしょうか?

その鍵を握るのは生産者と消費者をつなぐ複雑な流通網、サプライチェーンを担う多くの事業者の存在ではないかと考えられます。

予測の連鎖が生む「みかけの需要」

ここでは主に需要予測によりつながっているサプライチェーン一般について考えてみます。サプライチェーンの担い手である卸問屋や小売業などの事業者は

  • 「当社に今期、どれくらい引き合いがありそうか?」
  • 「商品の生産量を左右する今年の天候はどうか?」
  • 「このエリアで何人くらいの方が購入してくれるか?」

など、商圏や時節、商材に応じて情報を多角的に分析し、販売、仕入、生産、在庫などの水準を検討しています。こうした状況を横断的に示したものが下図です。

予測でつながるサプライチェーン

(図はプログレッシブ・フロー・ジャパンにて作成)

図中の「予測」は取引先の需要と供給に関する不確実性を見込んでおこなわれることを意味します。「急な注文にも欠品しないように多めに在庫を積み上げておこう」という判断や、「需給のひっ迫は一時的なものだから来期は在庫水準を少し引き下げよう」という思惑などが渦巻きます。需給が引き締まりさらに値上がりすることを見込んで、大目に買い蓄えている企業も存在するかもしれません。

私たちは企業各社の需要予測を否定しませんし、むしろ必要な部分があると考えています。ただし、その情報源や分析の根拠はどこにあるでしょうか?

営業担当者が多くの顧客から耳にした現場の声や、「ここだけの話」でしょうか。あるいは、自社で蓄積した2年前、3年前のデータ、あるいはもっと前からのデータに基づくトレンドでしょうか。昨今はAIを活用した需要予測も注目されていますが、その予測の精度はどこまで信頼できるでしょうか。

品物の在庫

限られた情報の中での予測は各社の在庫の水準に影響します。そして、実需と離れた「みかけの需要」が生まれると、サプライチェーンのあちこちに多すぎる原材料や仕掛品が滞留したり局所的に偏在したりする状態が起こります(大規模な災害や有事に見舞われるなどして突然品薄になる事態も生じます)。

もし中間流通を担う企業がそれぞれ個別に最適と判断した結果がサプライチェーン全体の歪みをつくりだしていれば、最終的にはその影響は商品を購入・消費する顧客にまで及びます。生産者にも十分な利益が還元されないかもしれません。こうした状況を打開することはできるでしょうか?

こちらコラムでは「適正な在庫」についてさらに考えます。


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