在庫を持つことは手段、では目的は?

サプライチェーンのどこに原材料や仕掛品の不足や滞留があるかをつかむことができれば、サプライチェーン全体の在庫の最適化につながる可能性があります(関連記事:令和の米騒動にみる「適正な在庫」)。

ただ、市場における四半期ごとや年次ベースの統計データなどが公表されていたとしても、サプライチェーンにおける個々の状況をすべて透視するなんて現実的ではないですよね。直接やりとりのある取引先の状況を把握することさえ容易でないのに、その先の先、さらにその先にある取引先・・・と遠ざかるほど、チェーンが拡がるほどデータの入手は困難になります。

そもそも在庫はなぜ必要なのでしょうか?

注文したものが届くまで顧客が待てるリードタイムの長さに比べて、注文を受けてから提供するまでのリードタイムが長い場合に、在庫が要ります。

商品を提供する生産の方式にスポットを当ててみましょう。MTOとMTSという言葉をご存じかもしれません。注文に都度応じて生産する受注生産(MTO:Make to Order)によって市場や顧客のニーズに対応できれば、そもそも欠品や過剰な在庫を抱えるリスクはありません。しかし、一般消費財など多くの商品は、顧客が待てるリードタイムより長い時間を提供までに要します。そこで、需要を予測する(見込む)計画生産(MTS:Make to Stock)の出番です。在庫を持てば、商品を注文主にスピーディーに提供することが可能になります。

とはいえ計画生産における需要予測は長期になるほど不確実性を伴うリスクがあります。見通しによって在庫が過剰になったり逆に欠品したりするリスクが高まります。

パック寿司、握りずし、それとも・・・

TOCには、MTSで生じることが多い上述のリスクを抑える独自の MTA(Make to Availabllity)と呼ばれる生産方式があります。これは、お客様が待てるリードタイムに対して、自社が供給できるリードタイムが長い場合であっても、常に品がある(Available)状態を作りだす生産方式です。それらを次の表では一覧で説明しています。

生産方式説明
MTS生産(Make to Stock)あらかじめ何らかの見込み(需要予測や顧客の生産計画、過去実績からの類推、ベテランの予想、経営計画)に基づいて、計画的に生産する方式
MTO生産(Make to Order)顧客からの注文後に、製品の生産活動が開始され、顧客と約束した納期に応じて供給する生産方式。受注生産と呼ばれることもある
MTA生産(Make to Availability)TOC(制約理論)独自の生産方式のひとつ。計画生産の環境において需要(市場)の変化に対して、必要な製品を必要な時に必要な数量で提供する方式。需要(市場)の変化を反映した在庫量(バッファ)のうち減った分(=売れた分)だけを生産および補充する(需要連動補充生産といわれることもある)

お寿司」でたとえてみましょう。MTSはスーパーで売られるパック寿司、MTOは顧客の注文をもらってから作り始める握りずし、そしてMTAは(空いた皿のお寿司を補充する)回転寿司のようなイメージです。ちなみに、最近の回転寿司では注文したら直接持ってきてくれるMTOの要素が多分に含まれるので、このたとえはだんだん通じなくなるかもしれませんね。 

誤解のないようにお伝えしますと、私たちはMTAがMTSに完全にとって代わる生産方式とは考えていません。年に数回しか出荷されない製品などは、MTAではなくMTSのままのほうがよい場合もあります。あるいは、そのような製品はMTO対応にする、という意思決定もあるかもしれません。

ただ、パック寿司(MTS)は購入される量の見通しより多めに作っておけば欠品は防げるものの鮮度の点から夕方になると割引シールが貼られることがあります。握りずし(MTO)は注文の都度握るので作り過ぎは生じないですが、出てくるまで少し時間を要します。また、値も張りがちです。

市場の変化を反映させる在庫の水準

ここでMTAという考え方に注目してみましょう。

MTA生産の考え方

(図はプログレッシブ・フロー・ジャパンにて作成)

私たちPFJは、適正な在庫の水準はずっと一定ではなく、消費の傾向によって都度変わると考えています。なぜならば、いま適正だとおもわれる在庫量も、商品が急に売れ始めたならば、もはや「適正」ではなくなるからです。上図でいうと黄色の水準で適正と思っていた在庫状況で注文が殺到して赤色の水準に急減し、在庫が逼迫する状況が続く事態が該当します。

その場合は、適正在庫の水準自体を引き上げた方がよいといえます。逆に、ずっと緑色が続くのであればやや多めなので、在庫水準を下げたほうがよいわけです。

適正な在庫の水準というのは決めたならば動かさないのではなく、消費すなわち市場の需要の変化をタイムリーに反映させるほうがより自然であるとは思いませんか?

この考え方を私たちは、適正な在庫量を動的に上下させるマネジメント(ダイナミックバッファマネジメント、DBM)と呼びます。

次のイメージはそれを表したものです。

MTA生産の考え方

(図はプログレッシブ・フロー・ジャパンにて作成)

DBMを用いると、消費のトレンドが変わっても欠品を起こしにくく、かつ過剰な在庫も起こしにくくすることが可能です。

そして、不必要なものを作ることがなくなります。また製造キャパシティや在庫スペースをムダにせず、不動在庫の廃棄も減らせることがおわかりいただけると思います。

さらに余力が生まれた製造キャパシティを活用して、必要なものをより素早く提供することが可能になります。必要な設備のメンテナンスに時間を割く余裕も生まれ、品質面での不良が起きにくくなる効果も得られます。

取引先と情報共有するとお互いにメリット

さらにいえば、この原材料に関するバッファを自社(A社)のサプライヤーX社にも見せることで、お互いに大きなメリットが生まれる可能性があります。

たとえば、X社は「この取引先A社はまだ在庫に余裕がある(緑色のゾーンに位置する)から、急いで納入しなくてよいな。では、その分の商品を特に入荷を急いでいるB社や、今回新規で注文をもらったC社のほうにリソースを振り向けよう」といったタイムリーな判断が可能になるからです。もしA社のバッファが見えなければ、ひょっとするとC社の注文を断らざるを得ず、X社の売上はその分下がったでしょう。

もちろん、自社(A社)にもメリットがあります。原材料の在庫量をモニターする手間や、注文のたびにX社に対してどの原材料をどれくらい、いつまでに納品してほしいか伝える手間が省けます。なぜならば、X社が色の状況をチェックして欠品させることなく納品してくれるからです。

さて、「A社からの情報提供で売上と利益を確保することができたサプライヤーX社はおそらくA社との継続取引を望み、よい仕事をしてくれるのではないか?」と、思いませんか? そのような良好な関係性を築かれている事例が当社のお客様では実際に誕生しています。

ダイナミックバッファマネジメント

前述したように、すべての商材やビジネスモデルがMTAに合致するわけではありませんが、計画生産をされていた当社のお客様がこの考え方を取り入れたことで、新たな人材の雇用や設備投資をすることなく売上高や利益率を大きく改善、向上させる成果を手にされました。

あらためて異なるアングルやフレッシュな気持ちで経営活動を見直してみてはいかがでしょうか? 飛躍のチャンスは意外と身近なところに眠っています。


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