対立を解消できないまま妥協を繰り返していくと
本コラムでは論文紹介「TOC制約理論を適用した造船システムの課題解決に関する研究」(前編)に続き、2024年1月に三井E&S造船株式会社 元監査役の土井裕文 博士(工学)が発表された論文の概略(第4章〜第7章)をご紹介いたします。造船に限らず「システム」が存在するどの組織にも共通する指摘や知見がうかがえます。
さて第4章では、日本の造船産業に潜む対立構造を示し、現状を打開するための解決の方向性を探るための考察が行われています。海事産業の関係者を主な対象とするシンポジウムの参加者から得られたアンケート調査結果を解析すると、次のようなことがわかりました。産業界や組織を1つのシステムとみなすと、可視化されていない対立が複数存在していること。それらの解決ができないために「妥協」という方法を採っていること。そして妥協を繰り返すことにより、システムの成長を阻害していることなどです。本章ではまた、その対立の解消法について検討し、思考プロセス法が改善の方向を示すフレームワークとして有効であることを示しています。
集中型の教育プログラムを実践

第5章では、2022年にインドネシア造船産業界に向けて実施したJICA(国際協力機構)プロジェクトが取り上げられています。第3章で提案したアンビシャスターゲット法を教育プログラムとして構築、実践した事例、そしてインドネシア造船工業会での方針制約の課題解決にフローマネージメント法を導入し、その有効性を示した事例が紹介されています。
納期遅延に悩むある造船所では51日を要していた残リードタイムを29日に短縮することに成功しました。この成果が他の造船所への波及効果を生み、業界としての生産性向上に資することがわかりました。従来の管理手法と異なる理論に対して経営者を含む組織の方々が抵抗感を覚えるケースは少なくありませんが、教育プログラムの導入や具体的な事例の共有は効果的であることが本章から読み取れます。
第6章では、造船業界の先行事例として、ドイツのマイヤー造船の経営戦略を分析しています。市場セグメントの絞り込みと付加価値の提供速度の強化により、需要低迷期でも受注力を強化するとともに、リードタイム短縮が大きな競争力になっていることを、思考プロセス法を用いて整理しています。
フローを改善するため実行すべきマネジメント
第7章では、以上の研究成果を総括して結論としています。
その中で、フローを改善するために実行すべきマネジメントとして次の3点が挙げられています。
- 仕事はなるべく少なく投入する。
- リソースはなるべく多く投入する。
- 契約納期を守るために仕事のつながりを優先する。個々のタスクの期限重視で消費されるバッファーの無駄づかいを排除する。
改善を阻む組織のバイアスも想定されるため、その回避策としてTOC思考プロセスとフローの基礎について短期間でも教育することが効果的であることがあらためて指摘されています。なお、上記の施策はスループット(限界利益)の改善につながりますが、新たな投資を特に要しない点にも注目したいところです。

以上、2回にわけて論文の概要をご紹介いたしました。原文は土井氏のご厚意により弊社サイトに公開しております。
本論文に込めた思いについて後日、著者の土井氏にお話をうかがいました。その内容は改めてお伝えしたいと思います。
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