制約になっていた希少リソース

コロナ禍で週休3日制や週休4日制にシフトする企業が出ています。これが思わぬ利益を企業にもたらしている場合があるようです。2021年8月にロイターが発表した記事によるとマイクロソフトでは2020年に日本の従業員2300人に金曜日の休暇を認める週休3日制を実施したところ生産性が40%向上したそうです。ほかにも、スペインのソフトウェア会社では減給なしの週休3日制に移行し、なおかつ人員を15%増やしたところ売上高が20%増えて、欠勤率は大幅に低下。生産性だけでなく、顧客や従業員の満足度も上がったというケースも紹介されています。

最近では、社員に対して1日のスケジュールの中で昼寝する時間を設けるよう義務付ける会社もあるようです。業種業態や働き方の特性にもよるとは思いますが、社員1人ひとりが持ち味を発揮してよい成果を出すためには適度に手を休めることも仕事のうち、といえそうです。

ところで個別受注生産型のある設備メーカーからこんな相談がありました。

引き合い案件があっても、設計のキャパシティが足りないため受注をあきらめざるを得ず、結果として売上目標に届かない」というものです。

過去のインタビューや労務時間の記録からも、設計部のメンバーは他の部門に比べ、明らかに残業や休日出勤が多く、疲弊している状況でした。その設備メーカーは大きく見ると、営業→設計→製造→品質保証→据付という流れで、お客様ごとに仕様が異なる設備を設計・製造し納めています。

キャパシティが不足しているという設計部門により深くお話を聞くと、設計者の中でも高度な専門スキルを持つごく少数のベテラン設計者たちに、他のどのリソースよりも業務が集中し、多忙を極めていることがわかりました。このようなリソースを私たちは希少リソースと呼ぶことがあります。

読者の皆さんがこの組織の責任者になったとしたら、どのようなアプローチで解決に臨まれますか?

制約を念頭に解決策を考える

制約となっている希少リソースを何らかの方法(例えば、中堅社員の育成や抜擢、あるいは中途採用)によって増やす」と考えた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

しかし、その設備メーカーではバブル崩壊後の不景気の時代に新卒採用を極端に控えたことで、30代中盤から40代中盤の中堅社員がごっそりといない”洋ナシ型”の人員構成になっていました。また、「設計者が一人前になるには10年程度かかる」というのが経験則に基づく暗黙の了解で、希少リソースの中途採用は現実解ではありませんでした。よって、希少リソースを何らかの方法で増やすという選択肢は、この会社にとって短期的には見送られました。この会社では、若手設計者を指導・育成する役割の中堅社員がほとんどいないので、ベテラン設計者たちは若手育成の役割も果たしていました。

この会社のお客様は主に国内の製造会社の工場で、知識豊富なベテラン設計者たちが現地に出張して確認作業を行うこともしばしば。お客様の工場は市街地から離れた郊外にあるため、一度出張すると2、3日はオフィスを空けることもザラでした。

ベテラン社員たちが出張でオフィスを不在にすることも多いために、若手設計者はベテラン社員が目の前に居ればすぐに解決するような業務上の相談をタイムリーにできません。相談できず確信を持てないまま自分なりに設計業務を進め、しばらく進んでからベテラン社員のチェックで厳しい指摘を受けて設計手戻りが生じる、ということが多々ありました。

また、ベテラン社員が不在だと図面の承認が行えないため、若手社員はその間、別の案件の設計作業に着手し始めます。多くの設計作業が完了しないまま、作業が同時並行で行われている状態、いわゆる悪いマルチタスクが蔓延していました。設計者が数多くの設計作業を抱えている状態は、ベテラン社員が指導したり承認したりする図面の枚数を増やすことから、ベテラン社員は一般設計者よりもさらに悪いマルチタスク状態に陥っていました。

その結果、設計者、その中でも特にベテラン設計者は残業や休日出勤で忙しく、人(キャパシティ)が足りないと感じていて、企業全体としても業績が低下していたのです。

少し脱線しますが、この話は働き方の改革に関連する法改正などが叫ばれる前のことです。同じような課題を抱えながら、根本的な解決方法を見出せなかった会社/組織は、働き方改革を掲げても以前より生産性を落としている懸念がないでしょうか。本コラム後半で述べる点は、生産性を落とすことなく(むしろ高めながら)、働き方を改革するヒントになるかもしれません。

希少リソースしかできない業務は何か?

さて、この会社の場合、引き合い案件があっても受注をあきらめざるを得ない状況から、市場に制約がある(市場制約)のではなく、自社内の希少リソースであるベテラン設計者たちのキャパシティに制約(キャパシティ制約)があることが分かりました。→【ステップ1:制約を特定する

では、次に考えるべきことは何でしょう?

「制約となるベテラン設計者たちがシステム全体のスループットを決めているのだから、さらに彼ら/彼女らに馬車馬のように働いてもらう」ことでしょうか?

私たちの経験上、制約を意識していない会社/組織では、制約になっている人が「その人しかできない業務に専念している」ことは皆無です。実際、希少リソースの業務分析をすると、1日8時間の業務時間の内、希少リソースしかできない業務を行っている時間は、わずか1時間程度ということさえ珍しくありません。

この会社の場合、「お客様の工場への出張」は、実はベテラン社員でなくても遂行できる業務であることが分かりました。ただ、ベテラン社員が出張すると確認ミスがなく、その場でのお客様とのやりとりもそつなくこなせるのは事実であり「出張による現地での確認作業」という局所的な効率性で判断すると「ベテラン社員が出張に行くこと」は理にかなった行動でした。そのため長年、誰も疑問を挟まなかったのです。

ポイントはシステムの制約となっているベテラン設計者しかできない業務に、ベテラン設計者たちが集中できるようにすることです。→【ステップ2:制約を徹底活用する方法を決める

具体的には、ベテラン設計者たちが出張を控えて自席に座り、若手設計者の相談に即座に応えたり、ベテランしかできない難しい設計業務に取り組めたりするようにしたのです。そのために、ベテラン設計者でなくてもできると思われた出張による確認作業は、若手設計者が担うようにしました。→【ステップ3:上記の決定に全てを従属させる

若手設計者は初めのうちこそ、冷や汗をかきながら出張をこなしましたが、三度目ともなると心理的にもだいぶ余裕が出てきたようでした。一方、社内業務では常にベテラン設計者たちに相談できる環境が生まれ、以前のように、良かれと思って勝手解釈で進めた作業の手戻りが激減し、設計精度も飛躍的に高まり、設計者としての成長も以前より速まりました。

集中の5ステップ(5 Focusing Steps)

前段にいくつか隅カッコ【】で記したステップがありますが、これは「5 Focusing Steps(集中の5ステップ」と呼ばれているステップの1~3ステップです。

集中の5ステップとは、次のとおりです。

  1. 制約を特定する
  2. 制約を徹底活用する方法を決める
  3. 上記の決定に他の全てを従属させる
  4. システムの制約を引き上げる
  5. もしも前のステップで制約が解消されたらステップ1に戻る(ただし、惰性が次の制約を引き起こさないようにする)

先述した「制約となっている希少リソースを何らかの方法(例えば、中堅社員の育成や抜擢、あるいは中途採用)によって増やす」は、TOC(制約理論)における集中の5ステップではステップ4に該当します。

通常はステップ1~3を行うだけで、組織内でムダにされ隠れていたキャパシティが少なく見積もっても2割は表面化してきます。このような制約に関するキャパシティの増大はシステム全体のスループット増大に直結します。元々ムダにされ隠れていた能力なので、大きな追加投資も必要ありません。

社員が精一杯頑張っているけれども余力となるキャパシティがなくて、仕事を受けきれない、とお悩みの企業はいちど社内のどこに他を従属するべき制約があるのか、集中の5ステップを参考に見直されることをお勧めします。なかなか自社だけの取り組みでうまくいかない場合は私たちもサポートいたします。


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