ビジネスは仮説検証の場

業界の常識を覆すような新規事業が軌道に乗るかどうか。その結論を初期の構想段階から見通すことは容易ではありません。アップルコンピュータなどを創業してきたスティーブ・ジョブズでさえ、2005年6月に米スタンフォード大学の卒業式で学生たちに送ったスピーチでは次のように述べています。

将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。だから、我々はいまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。私はこのやり方で後悔したことはありません

(日本経済新聞電子版2011年10月9日記事より抜粋)

イノベーションは「天才」と言われるような、一部の人しか起こせないものであると考えがちです。たしかに誰もがスティーブ・ジョブズにはなれません。しかし、常識に挑む人々、イノベーターと称される人々の取り組みには、ある共通点が見られないでしょうか?

その共通点とは、自ら信じる仮説が正しいかどうか、ビジネスを通じて絶えず検証している、ということです。

検証結果をもとに仮説を修正し、検証するというサイクルを繰り返しながら、顧客や市場の支持を得ていくというアプローチ。とはいえ、すでに多くのビジネスパーソンは日々の仕事の中で、このような仮説検証を絶えず重ねているはずです。

たとえば、マーケティング部門。さまざまなタッチポイントを通じて商品・サービスを認知してもらい、顧客との信頼関係を育むさまざまな施策を立案、展開、評価するサイクルを回していますよね。

小売店ではどのような品物を売り場に置くか、商圏の特性や天候、地域で行われるイベントなどに基づいて決定し、その成果を評価して仮説検証サイクルの精度を高めているはずです。製造業における統計解析手法を用いる品質改善活動なども同様のことがいえるでしょう。

そうした日々の地道な取り組みが仰々しく「イノベーション」と称されることはあまりありません。けれども顧客の満足度を高めて市場を拡げ、企業に利益をもたらし、社会に貢献している取り組みは、胸を張ってイノベーションといえるのではないでしょうか。

そもそも「イノベーション」とは?

イノベーション、という言葉は今日ネット上にずいぶん溢れています。その源流を遡ると、ヨーゼフ・シュンペーターという名前が出てきます。オーストリア・ハンガリー帝国生まれで1930年代に米ハーバード大学の教授を務めた経済学者です。

シュンペーターは、生産において異なる物や力の結合が新たな価値を生み出し、それまでの均衡状態から新たな均衡状態へと非連続的な変化をもたらすものを「新結合」(独語のneue Kombination)と呼びました。大きく5つのパターンを挙げています。それぞれ現代風に言い換えると次のようになります。

  • 新しい財貨の生産(プロダクト・イノベーション)
  • 新しい生産方法の導入(プロセス・イノベーション)
  • 新しい販路の開拓(マーケット・イノベーション)
  • 原料や半製品の新たな供給源の獲得(サプライチェーン・イノベーション)
  • 独占的地位の形成や独占の打破など新しい組織の実現(組織イノベーション)

イノベーションは日本語の文章で「技術革新」と訳されることがありますが、シュンペーターはその著作や論文で技術に絞ったテーマのみ取り上げているわけではありません。

イノベーションがビジネスの世界でより身近に語られるようになったのは、1997年に発行されたクレイトン・クリステンセン著「The Innovator’s Dilemma」の日本語版「イノベーションのジレンマ」が書店に並ぶようになった2000年代頃と思います。ハーバード大学経営大学院教授の著者は、従来製品の改良を進める持続的イノベーションと、従来製品の価値を壊して新たな価値を生み出す破壊的イノベーションの2つを挙げました。そして後者の価値が市場で認められることが、それまで優良企業が提供してきた製品の価値や、企業の市場での地位を失わせる事例を分析し、企業が選択するべき戦略を論じました。

イノベーションを起こす

2004年に創業したフェイスブックはSNS(ソーシャルネットワークサービス)を立ち上げ、アップルは2007年にiPhoneを発表しました。競合他社も参入。人々のコミュニケーションの仕方や行動様式は大きく変わり、新たな市場を創出しました。この20年ほどの期間を挟んで非連続な変化を世の中にもたらしました。これらはシュンペーターの5つの分類でいうと少なくともプロダクト・イノベーションに当てはまるでしょう。

プロダクト・イノベーションにおいては、潤沢な資金や人材を持つ企業が有利であるとは限らず、独占的地位にある企業がその立場を維持する利益よりも潜在的企業が得る利益のほうが大きい、と見込まれることから、新規参入企業の方が有利であると1972年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者のケネス・アローは考えていました。このアロー効果は、GAFAMと呼ばれるグーグルやアップルがかつて新興ベンチャー企業だったことを考えると今日なお一定の説得力がありそうです。

小さな「失敗」を効果的に重ねる

さて、私たちがある企業の中で新たな事業を立ち上げるプロジェクトに関わることになったとしましょう。トップ層からは既存ビジネスの延長線上ではなく、他社と差別化し、成長が見込まれる新たな市場を開拓してほしいと期待されています。その場合、どのようなことに気をつけると良いでしょうか。

ここでビジネスとは仮説検証の場であることを思い出してみてください。

たとえば、新しいプロダクトやサービスを作る場合、

  1. アイディアを絞り込み、基本設計を行う。
  2. 試作品を作ったり一部の店舗でトライアルをしたりする。
  3. 反応の良し悪しを分析し、商品やサービス開発にフィードバック、バージョンアップする。
  4. 生産やサービス提供に必要なリソース、スケジュールを見積り、採算性を試算する。

・・・といったいくつものステップを重ねます。

そのなかで最も重要なことの1つは、効率よく「失敗」を重ねる、ということです。

「失敗」というと眉を顰めたくなるかもしれません。ただ当初浮かんだアイディアやイメージが何も手を加えずに実現し、世の中にそのままの形で受け入れられる、というほうが極めてまれでしょう。

現実的には予算や時間、人材、設備などさまざまな制約があるなかで、目標を見定め、優先順位の低い機能を取り除いたり、デザインをよりシンプルなものに変更したりする見直しが入ります。また、モニターの声を聞いてみると、期待したような反応が得られずコンセプトづくりからやり直すこともあります。

小さな「失敗」を効果的に重ねる

やり直しは一見「失敗」に見えるかもしれませんが、新規事業を軌道に乗せるために何度も潜り抜けなければならない試練や関門です。いずれ何度か失敗するのですから、失敗を許さない、失敗を減らせ、という姿勢ではなく、許された予算やスケジュールのなかで「いかに効率よく失敗するか、素早く修正するか」に視点を切り替えることがポイントです。

さて、こうした仮説検証に基づくイノベーションに対し、TOC(制約理論)がどのように貢献できるかについては、後編で近くお伝えする予定です。どうぞご期待ください。


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