不動在庫はサプライチェーンにも影響
こちらの弊社コラムでは滞留する不動在庫がもたらす課題とそれが生じる原因について触れました。澱(よどみ)のように溜まってしまった在庫は企業経営の圧迫要因です。
買い手のつかない不動在庫をなくすため、やむを得ず廃却せざるを得ない局面もあります。
とはいえ廃却は自社が痛みを受けるだけでしょうか? 企業は廃却損を少しでも取り返そうと、サプライヤーへのコストダウンや顧客へのコストアップを迫る可能性があります。つまりサプライチェーン全体に影響が及ぶのです。廃却が慢性的に続けば地球環境へ与える外部コストも度外視できません。廃却損を出し続けることは長期的、巨視的にみると自社だけの問題にとどまらないのです。
では、そのような不動在庫をつくらないようにするにはどのような対策を講じればよいのでしょうか?
弊社コンサルタントは、大手メーカーでサプライチェーン上に長年身を置き、リードタイム短縮、在庫改善、生産アウトプット向上など多くの改革を実現してきました。そこで注力したのは、製造方式そのものを変えるのではなく、サプライチェーンのよどみを見つけ、解消し、流れを良くすることでした。
制約に着目したコンサルティング
弊社コンサルタントは、不動在庫に悩むあるメーカーにおける制約(Constraints)を最大限活用するため、現状のモノの流れと情報の流れの整理・分析しました。そののちに、
- リードタイム短縮
- 小ロット化
- 生産管理オペレーションの改革
- 理想のモノの流れと情報の流れの構築
などの施策を展開しました。
在庫やモノの流れという観点では製品や原材料の情報が共有されず、複数の倉庫で重複して保管されていることは多くあります。すると、ある配送部門や倉庫では過剰在庫が問題になり、別の倉庫では欠品しがちなので顧客からクレームを多く受けている状態が生じがちです。また倉庫間でモノを移動させることでの余計な費用が発生します。個々の倉庫だけを見るのではなく、会社全体で滞留する在庫を認識し、集約することが在庫水準の全体最適化におけるポイントです。
モノの流れと併せて、情報の流れも確かめます。たとえば、客先における製品開発の動向や情報を営業、購買、生産、物流部門で共有されていらっしゃいますか?
「売れ行きの鈍化などから製品がエンド・オブ・ライフになるなら、すぐに教えてくれよ」というように、生産量に大きな変化が起こりそうなときにはすぐに生産、配送部門に知らせる組織横断的な情報共有の仕組みはあるでしょうか? 常日頃から部署間の風通しを良くしておくことが大切です。そしてタイムリーな決断を各部署で実行できる現場主導の意思決定メカニズムを整えます。サプライチェーン改革では組織横断的に各部署のキーパーソン、実務担当者を巻き込むことが重要です。
在庫を戦略的に活用していますか?
在庫を適正に保つには、受注から出荷までのリードタイムの短縮と生産における小ロット化が鍵になります。
あるメーカーでは製品Aを生産するのに3カ月のリードタイムを要していました。その内訳をみると生産計画立案は1回/月、投入してからアウトプットするまでの実生産に必要な期間は2カ月でした。下図の上から1段目はそのことを示しています。
リードタイムが3カ月かかるために、顧客の要求に即座に応えるには最低でも3カ月分相当の在庫を常に持たなければなりません。
しかし、月次の生産計画を週次単位に見直すとどうでしょう。図の上から2段目のように現状に比べてリードタイムを3週間分短縮できます。ここで注目していただきたいのは、生産プロセスをまったく変えていない、ということです。意思決定を毎週行うことだけでも、従前3カ月(12週)間だったリードタイムが9週間に短縮されています。
さらに、生産に費やす時間を例えば半分に減らせれば、9週間のリードタイムは5週間に短縮できます。生産時間を短縮する手法はいくつかありますが、その一例は調達に時間のかかる部材の在庫はあえて多めに持っておく、というやり方です。多めに押さえておく分、生産に必要な部材を調達、集約する時間が節減されます。こちらも生産プロセスを特段変えているわけではありません。在庫を戦略的に活用しているわけです。
念のため誤解していただきたくないのは「在庫をやみくもにもてばいい」と推奨しているのではないこと。反対に、「在庫はすべて一律に減らせばよい」ということでもありません。
経営層が在庫を問題視する場合、たいてい何らかの要因でキャッシュフローが悪化しているときではないでしょうか。そこで、キャッシュが滞留している在庫に目をつけるのですが、その指示を聞いた現場が減らせる在庫とは「流動在庫」、すなわち動かすことのできる良い在庫だけです。しかしそれらを動かしてしまえば、在庫を戦略的に活用するという有益な選択肢をむざむざ捨ててしまうことになります。
一見「総在庫量が減った」としても、回転の良い在庫を減らし不動在庫を残しただけでは、QCDを悪化させます(→具体的にはコラム「回転しない不動在庫を抱えていませんか?」をご覧ください)。
やがて顧客対応に不備が発生し、ここぞ、とばかりに競合他社が攻勢をかけてくるでしょう。顧客が離れるとさらにキャッシュインが減る悪循環が生じます。「良い在庫」は顧客への価値提供において不可欠なのです。
「平均値」にはご用心
TOCに基づくコンサルティングでは生産管理オペレーションの見直しも極めて重要です。例えば良品率(歩留まり)のバラつきが大きく、平均80%前後の良品率の製品があった場合、製品数量を確保するために 80%前後の良品率で見積もって投入することがあるでしょう。しかしその“平均”が滞留・欠品のリスクを高めます。
- バラつきが良い方に振れ、良品率が98%になったらどのように考えればよいでしょうか?
- バラつきが悪い方に振れ、良品率が60%になったらどのように考えればよいでしょうか?
そんな場面でつい、平均値の「80%前後」に目が向きがちではありませんか? または「なぜ60%になったのか」と悪者退治をしたい気持ちが湧いてきます。
しかしモノづくりの精度を上げるために注目すべきは「98%」のほうです。それはたまたま偶然起こったまぐれの事象ではありません。たとえ確率は低くても実績が出ている以上、その精度が出せる実力はあるわけです。ベストスコアが出た時は正直嬉しいものですが、そこで冷静に「80%、60%の精度が出たときの生産と比べて何が違っていたのか」と分析してみましょう。精度向上につながる発見がきっとあるはずです。
「事業が伸びない理由は市場に問題がある(=制約がある)からだ」と決めつける前にまず自社のものづくり基盤を見直すことは大切です。現場に足を運び、原材料、設備、レシピ、担当者のスキルなどを冷静に分析し、制約を探ることは、ベストスコアと同等、またはそれを超える成果を得られる確率を引き上げる改革のチャンスです。ともあれ「平均値」という言葉に惑わされないようくれぐれもご注意ください。
経営に直結する在庫戦略
「在庫を戦略的に活用する」と述べましたが、戦略的というからには経営判断が伴います。それは、各社の経営戦略や目指すビジネスと密接に関わります。
あるメーカーがある製品を見込生産するか、受注生産するかの判断が求められることがあります。
顧客が発注してから入手するまでの“待てる時間”に対して、メーカーの供給リードタイムのほうが短い、または同等であれば、注文を受けてから製造する受注生産でも大丈夫でしょう。また、顧客がある程度「待ってでも是非とも御社から購入したい」というような付加価値の高い商材であれば見込生産ではなく、受注生産に切り替えてもよいかもしれません。
しかし、市場の変動に悩まされている顧客は、市場に柔軟に対応するためにより短い時間での調達を考えます。結果としてメーカーの供給リードタイムの方が長くなり、サプライチェーン上のどこかで在庫を持つという判断をします。
「どうしても滞留する在庫が出る、発注頻度が年1〜3回程度と少ない製品」については、思い切って顧客に他社に発注を切り替えてもらうように提案・交渉することが賢明な場合もあります。とはいえこれは機会損失です。むしろ逆に、他社が断る商品の注文をあえて受けることで、新たな市場を開拓し、差別化を図るという戦略もあります。まさに経営上の判断が求められる場面です。
在庫や生産のあるべき姿とは、お客さまが欲しいものを欲しいときに欲しいだけ提供することです。これは簡単なことではありません。特にコロナ禍の昨今において、過去の需要予測や経験則が当てにならないことが多々起きています。先行きが見えない、答えのない中でゴールを目指す挑戦といえるでしょう。
けっして一筋縄にはいきませんが、そこには新たな価値を生み出そうというワクワク感、そしてやり遂げた時の達成感も生まれることでしょう。いわば人材が成長するチャンスという見方もできます。変化に強い人材や仕組みを作りマネジメントできる企業は、不確実性の高い市場でも堅調なビジネスを展開できる可能性があります。
ぜひこちらの問い合わせフォームからご意見やご感想をお寄せください。また、弊社SNSへの投稿もお気軽にどうぞ。