ウッドショック、半導体ショック
米国では新型コロナウイルス感染症に対するワクチン接種が進み、経済活動が再開しつつあります。その景気回復への期待や大規模な金融緩和を背景に、住宅の建築需要が増加。その皺寄せが、米国、カナダからの木材の輸入に大きく頼る、木材輸入大国・日本の資材不足として顕在化しています。木材価格の高騰、住宅完成時期の遅延、新規注文の停止といったウッドショックの影響がじわじわと拡がり始めています。
また、車用半導体も市場では供給不足が慢性化しつつあります。コロナ禍で在宅消費が増す中、半導体メーカー各社はスマートフォンやPC向けの製造・販売に力を入れていました。そこに2021年3月に起きた大手半導体メーカーの工場火災が輪をかける形で半導体の需給が逼迫しました。この半導体ショックにより、工場の稼働削減や減産を余儀なくされる自動車メーカーが相次いでいます。
木材や半導体など、多くの産業を支える替えの効かない原材料やキーパーツの不足が、サプライチェーン全体を揺るがしています。
単に各社が「在庫を持てばよい」わけではない
一方、こうした状況下で業績を伸ばす企業も存在します。
トヨタ自動車が2021年5月12日に発表した2021年3月期連結決算は、売上高が前期比8.9%減の27兆2145億円、純利益が10.3%増の2兆2452億円でした。利益水準では独フォルクスワーゲン、ゼネラル・モーターズ(GM)、現代・起亜自動車など世界の主要完成車メーカーを圧倒したことが報じられています。どのようにしてトヨタは好業績を達成できたのでしょうか?
トヨタ自動車の好決算の大きな要因には、世界的に逼迫する車用半導体を押さえた在庫戦略が奏功したことが挙げられます。
ただ、トヨタといえば、TPS(トヨタ生産方式)知られています。そのルーツは戦後まもない復興期、キャッシュを確保するべく編み出された事業モデルに遡ることができます。トヨタの成功が世界に知られるようになると、多くの企業が「在庫を減らさなければならない」と考えるようになりました。
その代名詞と言える事業モデルといつしか決別してしまったのでしょうか?
実は、2021年4月18日の日本経済新聞(電子版)でも報じられたように、トヨタは東日本大震災で半導体部品の供給が滞り、自動車が生産できなくなるという経験をしました。この教訓から在庫戦略を見直しています。今日では、供給網全体で保持する半導体などの在庫を1カ月分から4カ月分まで引き上げています。在庫回転日数は伸びましたが、トヨタから数えて10次の取引先にあたるサプライヤーの部品データについても把握し、サプライチェーン全体で在庫レベルを最適管理するようにしているのです。
在庫は「悪」ではなく、需要や供給の変動を吸収する緩衝材の役割を果たすのが本来の機能です。ただし、トヨタの好決算を伝える報道を見て、「あのトヨタであっても在庫を許容するのであれば、我が社もさほど在庫を減らさなくても良いのではないか」と考えるのは早合点です。
まず、トヨタには、需要の変動を調整できる強い販売力があることは見過ごせません。逆に、「需要や供給の変動を抑制する方法」を持たない中で、在庫だけに着目し減らすことはむしろ経営においてはリスク要因です。言い換えると条件を満たした上で、変動を吸収できる量の在庫を保持することはむしろ必要なことなのです。
また、「サプライチェーン全体での保有」という考えを持たないまま、個々の会社が個別判断をして一定量の在庫を保有しようとすると、個々の会社で過剰在庫となるだけではありません。サプライチェーン全体を俯瞰した場合、在庫は過剰になり、キャッシュフローに悪影響を及ぼします。その帰結としてトヨタとは似て非なる過剰在庫なサプライチェーンに変質してしまい、市場での競争力を失う危険性さえあるのです。
企業の枠を超え、サプライチェーン全体でどのように不確実性に対して在庫を持つか、という考え方が重要になります。しかし残念ながら多くの企業は現在、トヨタのようにサプライチェーン全体で在庫をどのように保有するかという段階まで至っていないように思われます。
制約にこそ、大きなビジネスチャンスがある
TOC (制約理論)を提唱したエリヤフ・ゴールドラット博士は、2008年後半に起きたリーマンショック下で吹き荒れた企業のリストラに対して疑問を投げかけました。
「何が、会社の目的(ゴール)を妨げるのか」(ダイヤモンド社、2013年2月第1刷発行)で博士は、リーマンショックから始まった景気後退は100年に一度の深刻な危機とメディアがあおるものの、しかるべき対策を講じればまたとない成長のチャンスになりえると、一貫して主張してきたことを述べています。
博士は特に、中国とインドの平均賃金の伸びに着目しました。経済的に発展する国々の購買力および個人消費の増加を睨み、世界的な需要拡大の中で消費全般に陰りが見えないにもかかわらず、目の前の厳しい現実に過敏に反応して生産能力を縮小、苦境をやり過ごすため多くの従業員を解雇する企業はパニック状態に陥っていると憂いています。
2009年2月に7,000ドル台前半まで下落したダウ平均株価は今日5倍近くまで上昇し、米国の経済は力強く復活を遂げました。また今日、中国の存在感は新たな摩擦を世界にもたらすほど大きくなっています。博士の予想は間違いではなかったといえるでしょう。
とはいえ2020年10月に国際通貨基金(IMF)が発表した世界経済見通しによると、2020年の世界経済成長率はコロナ禍を背景としてマイナス4.4%の予想でした。リーマンショック時、2009年の成長率(マイナス0.1%)を大きく下回る低成長下の世界で私たちは生きています。
しかしワクチン接種の拡大などで今後、社会経済活動が安定化してくると、息を潜めていた海外諸国の消費・需要がさらに顕在化してくることが見込まれます。反発の大きさは、リーマンショック時を超える可能性もあるでしょう。
原材料や基幹部品の不足は、それまでの他社への生産依存から自社での内製化や国内回帰、または逆に調達先の分散化、さらに代替商品の調達や研究開発を通じて、新たな発明や工夫、流通改革をもたらす可能性があります。DX(デジタル・トランスフォーメーション)も、この点に着目して進めると大きな違いが出てくるのではないでしょうか。
「〇〇ショック」を通じて明らかになった制約にこそ、大きなビジネスチャンスがある–、ゴールドラット博士ならばそういったかもしれません。
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