ジレンマを抱えている状態とは
ジレンマとは、相容れない2つの選択肢の間に板挟みになり決心が定まらない心理状態のことです。学校や職場、家庭、地域など人生のさまざまな場面で人はジレンマを抱えることがあります。その結果、やりたいことを我慢したり、やりたくないことを妥協して受け入れたりするケースは少なくありません。
物理学者であったTOC(制約理論)の創設者エリヤフ・ゴールドラット博士は、シンプルで調和の取れた自然界の摂理に基づき、日々の暮らしや仕事の中で人が認識する対立や矛盾はそもそも存在しない、その認識の背後にある本来の要望や目的に気づくことでジレンマは解消できる、という信念を持っていました。我慢や妥協はジレンマの真の解決策になりません。我慢や妥協は、対立や矛盾の存在を前提としているためです。
ジレンマを解くには、コツが要ります。重要なのは、選択肢を前に身動きが取れない自分の心に葛藤や悩みが生じるのはなぜか、を考えること。つまり自分の要望や目的を冷静に見つめ直す分析です。
この分析において使われるのがクラウド(雲)という道具です。
今回は、ゴルフのスコア改善にこの考え方を用い、自己ベストを大幅に更新した弊社コンサルタントの取り組みを例に、ジレンマを解消する思考プロセスの一端をご紹介したいと思います。
クラウド(雲)について
TOCにおける思考プロセスは、課題を解決するために次の3つに着目し、分析や解決に向けた施策を講じていきます。すなわち、
I. 何を変えればよいか(What to change)
II. 何に変えればよいか(What to change to)
III. どのように変えればよいか(How to change)
です。今回ご紹介するクラウド(雲)は、「I. 何を変えればよいか」を検討するプロセスに関わります。
なお、こちらのコラムでは「I. 何を変えればよいか」を明らかにするもう1つツール、現状ツリーの概略をご紹介しています。本稿と併せてぜひご一読ください。
「クラウド」は、矢印でつながれた5つの囲み(エンティティ)を用いて図示します。この図から問題を分析し、思い込みを明確にすることで、妥協のない解決策を創り出します。

右側にある「D:行動」と「D’ : 行動」がいわゆるジレンマを表しています。
エリヤフ・ゴールドラット博士が著した「ザ・ゴール2 思考プロセス」には、主人公(アレックス・ロゴ)が務める会社が、事業多角化路線からコア・ビジネスの「選択と集中」路線へ舵を切る中、企業価値を高めるために、業績悪化に陥った包装事業部門を閉鎖するのか、生産性を高めることに成功した工場などの資産を守り活用するために継続するのか、で意見が対立するシーンが描かれています。経営層は、包装事業部門を「D:閉鎖する」「D’ : 継続する」(=閉鎖しない)という選択を迫られます。
対立、矛盾する「D:行動」と「D’ : 行動」の動機には、「なぜ、そのようにしたいのか」という要望があります。これが図の「B:要望」と「C:要望」にそれぞれ当たります。さらに、それぞれの要望には共通する目的、現在から将来にわたって「企業が儲けること」、さらには「従業員に対して安心で満足できる環境を与える」「市場を満足させる」といった目的が明らかになってきます。
ところでクラウドは厳密にいうと、いくつかの種類に分類されます。詳細は別の機会に譲りますが、たとえば、望ましくない結果(UDE:Undesirable Effect)を解消するためのUDEクラウド(ウーディークラウド)、組織間のクラウド、ジレンマクラウド、などがあります。
今回ご紹介するジレンマクラウドは、主に、葛藤や迷いの背景にある個人の欲求やこだわりなどを見つめ、本質的な目的や要望に気づくことで、葛藤や迷いを本質的に解消し、より確かな自信をもってとるべき行動を選択できるようになることを目指します。
ゴルフではフルショットするべきか、7割くらいの力でショットするべきか?
ゴルフが趣味の弊社コンサルタントAはベストスコアが94。しかし95を切るのはまれで18ホールを97〜110の平均的なスコアで回ることがほとんどでした。
アベレージゴルファーの域から一歩抜け出したいAは、グリーンに乗せるまでの攻め方にいつも迷いがありました。どのあたりがしっくりこないのか、ジレンマクラウドに初めて書き出してみたのが次の図です。

なるべく少ない打数でグリーンオンするまで、一打目のティショットを含め、できるかぎりフルスイングして遠くに飛ばすか、シュアに刻んでボールを確実にカップに沈めるか、という大きく2つの攻略法がAにはあります。前者は、飛距離は稼げるもののショットの精度が悪いとフェアウェイから外れ、次のショットは草深いラフや角度のついた斜面などプレッシャーのかかる難しい状況(ライ)への対応リスクが高まります。池ポチャなどOBの危険性もつきまといます。しかし高いリスクに挑戦することは、ゴルフの醍醐味。うまくいけば達成感、満足感につながります。もし後者のようにフルスイングではなく、7割くらいの力で打てばフェアウェイ上にボールが転がる確率が高く、二打目以降もプレッシャーを抑えられますが、グリーンに乗るまでの打数はどうしても増えがちになります。
Aは、描き出したジレンマクラウドを眺めてみて、いくつか気がつくことがありました。
- 挑戦するショットは、「フルショット」以外にもプレー中のさまざまなシチュエーションで存在する。どの種類のクラブでも、別にフルショットしなくても思い通りのショットできれば達成感は得られる。
- たとえ10打のスーパーショットが打てたとしてもトータルスコアが悪ければプレー後にいい気分にはなれない。
- ゴルフは良いスコアで終えられれば気分がいい。自分にとってのゴルフの目的は「良いスコア」を出すことではないか。
考えを巡らしたAは、ジレンマクラウドを次のように書き直しました。

目的(良いスコアを出す)を達成するための要望(自分がやりたいこと)とは突き詰めると、「確実に簡単なライを維持する」と「できる限り短い距離を残す」である、と。この図は最初のジレンマクラウドより、自分の行動の裏にある思いを、より素直に反映しているようにAには思えました。
この図を描いて終わりではなく、その上で、なぜD(7割ショット)とD’(フルショット)でジレンマが生じるのか、さらに踏み込んで考えてみました。その思考の中で次のような気づきがありました。
- そもそも、どういう状況ならば7割でショットし、どういう状況ならばフルショットするのか、自分の中に明確な判断基準や判断プロセスがない(そのために2種類のショットのどちらにするか、いつも迷いや躊躇がある)
- そもそもショットする際に、ボールをどこに飛ばしたいのか具体的に考えていない(いわば成り行き任せである)
ちなみに思考作業は、囲み(エンティティ)間の関係を成り立たせている理由(仮定)を考えることにより行われます。TOC思考プロセスでは、この手順も明確に定義されています。
「良いスコアが出せない理由に先ほどの2つが少なくともあるのではないか」とAは考えました。これらの理由を取り除くことができれば、もはやジレンマは存在しません。Aはこれらの理由を取り除くため、自分のゴルフに新たな3つのルールを加えました。
- 一打目を打つ前に各ホールでティーショットからカップインまでのルート(各ショット)を考える。この時点の想定でよいので、使用するクラブを選択し、各ショットを「7割の力で打つ」か「フルショット」か決めておく。
- ショットが想定通りにいかなかったならば、あらためてその段階でカップインまでのルートを考え直す。クラブの選択、7割の力で打つか、フルショットか決める。
- 非常に悪いライにボールがある場合は、先のことは考えず、とにかく確実にフェアウェイに戻す。たとえ後ろ向きに打つことになったとしても。
TOCの思考プロセスでは、導き出した解決策をインジェクション(injection)といいます。このインジェクションを見てAは「スコアを改善する方法としては、巷でよく言われていることで新鮮味はないな」と思わず苦笑しました。ただ同時に「7割ショットかフルショットかを迷わずにゲームに専念できそうだ」と思いました。試しに次回ラウンドで、このルールを自らに課してプレーしてみました。
ジレンマクラウドの利用で大事なこと
さて、ジレンマクラウドから気づいたスコア改善策を胸に、Aはその後、3回ラウンドする機会がありました。気になるAのスコアはこちらです。
1ラウンド目 94 (以前出したベストスコアにいきなり並ぶ)
2ラウンド目 93 (ベストスコアを更新。しかも2回連続で95を下回る)
3ラウンド目 84 (大幅にベストスコアを更新)
コースやクラブセッティングなど条件はまったく同じではありませんが、目的とする「良いスコアを出す」ことが想定した以上にできたAにとって、とても充実したラウンドが続いたそうです。
今回、ゴルフという身近なスポーツの例で、ジレンマクラウドを活用した方法をご紹介しました。もちろん、ゴルフ以外でもいろいろな分野で応用できると思います。ただ、いくつか留意点がありますので記します。
- ジレンマクラウドはしっくりくるまで何度描き直しても構わない
描き直していく過程が大切です。自分の中にある惰性的な習慣(inertia)や漠然としたこだわりに気づいたり、見過ごしを発見したりすることで対立する行動の背景にある自身の要望や目的を捉えることに価値があります。
- 達成したい目的は何か、そのために自分が何をしたいのかという要望を明らかにすることが大事
目の前の対立(D-D’)に目を奪われ過ぎないことが大切です。本質的な目的や要望が見えてくると、当初は対立しているように見えた構図の意味は薄れていきます。
- 分析の結果得られた結論や対策が、「なんだ。そんなの当たり前じゃない」と思うようなことでも、がっかりする必要はない
一見、単純そうなことでも、表層的に捉えていた知識と、自分で何度も掘り下げた分析で得た気づきでは、腹落ち感が格段に違います。
今回、ジレンマクラウドについてご紹介しました。皆さんも日頃の生活やビジネスの中で感じているジレンマがあればいちど描き出してみてはいかがでしょう。心の中のモヤモヤが晴れ、勇気をもって次の一歩が踏み出せることを願ってやみません。
ぜひこちらの問い合わせフォームからご意見やご感想をお寄せください。また、弊社SNSへの投稿もお気軽にどうぞ。





