「TOC制約理論を適用した造船システムの課題解決に関する研究」という論文を執筆された、三井E&S造船株式会社 元監査役の土井裕文氏(博士 工学)にお話を聞きました。その最終回をお届けします。

インドネシア造船業界の切実な声 

―― インドネシア造船業界での教育研修とその成果が論文の第5章で説明されています。こちらについてもう少し教えてください。

土井 インドネシアは日本と同様に多くの島から成り立ちます。国内経済では海上物流が重要な役割を果たし、造船業は国の基幹産業に位置付けられます。しかし、その生産性は低く、納期遅延にともなう資金不足から倒産するケースが頻発していました。

私はインドネシア造船業界の方から「なんとかしてほしい」という切実な訴えを聞いていました。そこで、TOCの思考プロセスやフローの概念の基礎を教育することをテーマに方策を検討しました。

ただ、最初からTOCを取り入れてやろう、と考えていたわけではありません。当初は、設備投資により生産性を高める、というような方針でした。けれどもインドネシア造船工業会の事務局担当者から仕様書などの関連ドキュメントを見せてもらうと「これではうまくいかないだろうな」と感じざるを得ないものでした。そこで私は、フローマネジメントにより、新たな投資をしなくても、生産性を高められることを、彼らに提案したのです。

最初はインドネシア造船工業会の担当者も、受講する企業側も、半信半疑でしたね。

しかし蓋を開けてみると、参加した19社のうち12社が大きな成果を出すことができました。当初提案した際は、わずかでも成果が得られれば満足だ、と控えめに言っていた彼らでしたが、結果に目の色が変わりました。

ワークショップでは、組織の合意形成に役立つアンビシャスターゲット法が効果的でした。インドネシアの国民性なのかも知れませんが、大きなビジョンやパーパスを描き、当事者意識を持ちながら、そこに向かって取り組むことに向いている人たちだ、という印象を持ちました。

フローの概念と思考プロセスの基礎を学ぶ機会を

――土井さんが今後、チャレンジしたいことは何でしょうか。

土井 インドネシアの学校などに特別授業などを通じて、研究で得られた理論や考え方を広めていきたいと考えています。フローの概念やTOC思考プロセスの基礎知識を共通に持って取り組むと、システム全体のスループット(限界利益)を高めることが可能になります。

日本企業、新たな海原へ #3

こうした教育を、日本でも大学はもとより工科系の専門学校や商業高校などで1、2週間でもよいから基礎経営といった講義で教えていけばよいと思います。

先述したように、TOCの理論はそれほど難しいわけではありません。制約のひとつであるボトルネック型の制約と、造船の設計で扱う流体の運動の共通点に触れましたが、造船に限らず、交通渋滞など私たちの身近にも共通点をもつ事象やシステムは多々あります。日常的に知らず知らず理論に触れているものの、気づいていない人は多いかもしれません。

高いポテンシャルを持つ日本企業の新たな挑戦に期待

―― 日本企業では業務や組織の改革が思うように進まない、担当者がかわると元の状況に戻ってしまう、という悩みをよく伺います。なぜだと思われますか?

土井 まだ本当に困っていない、危機感を持っていない、ということが一因だと思います。人口減少といっても日本はまだ世界で上位にいるという認識があるのではないでしょうか。

フローの概念や思考プロセスの基礎などを学んでいないと、TOCにおけるスループットの考え方やリードタイムの短縮のやり方などに違和感を覚えてしまい、方針を立てる場面で昔の成功体験に戻ろう、という意識が顔を覗かせてくることもあります。

日本企業、新たな海原へ #3

また、先般申し上げたように、そもそも組織が明確なパーパスやビジョンを掲げていない、しっかり根付かせていない、という問題もあります。パーパスがなければ現状との間にあるギャップや問題も見出せない。逆にもしそれらが認識されるならば、乗り越えようという力が生まれて、成長への源泉になるわけです。ところが、現状では、個別の改善などに留まり、それが内部で対立を生み、しぶしぶ妥協して仕事をしているような状況が多く見受けられます。

「中国などの諸外国とコスト競争では勝てないかもしれない」という意見もありますがあくまでもスローダウン戦略を含む、これまでのやり方で進めた場合です。手遅れだと諦める前に、これまでのやり方を変えて踏み出すことで新たな路が拓けてくると考えています。日本企業には高いポテンシャルが眠っていると思います。それを表に引き出せるかどうか。日本をもっと元気にしたいですね。

ーー 大いに共感します。この度はお話をきかせてくださり、ありがとうございました。

論文の原文は土井氏のご厚意により弊社サイトに公開しております。


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