「TOC制約理論を適用した造船システムの課題解決に関する研究」という論文を執筆された、三井E&S造船株式会社 元監査役の土井裕文氏(博士 工学)に、本論文に込めた思いをうかがいました。その中編です。
キャッシュフローやスループットに注目
―― 前回のお話の中に、自然科学とTOCに共通する知見についての指摘がありました。とはいえ、知識や理論を実務や現場で取り入れようとしても、うまく協力を得られない、壁にぶつかるというケースが少なくありません。その理由はどんなところにあるのでしょうか?
土井 たとえば、市場からの需要が旺盛なときは、操業が高くなるので新たなリソースを動員して工期(リードタイム)を短縮し、生産のピッチや設備の回転率を上げようとするのは一般に周囲の協力を得やすいと思います。ところが逆に需要が低迷している状況で、工期短縮といっても腑に落ちない、という意見が少なくありません。その一因はキャッシュフローの視点がないことです。
たとえば、造船の経営というのは比較的シンプルで、年間に建造する船の隻数を決めると収益がおのずと決まります。市況が低迷し製品価格が落ち込んだ場面で、あえて生産量を抑えて価格の回復を待つ「スローダウン戦略」を採用しても、経営指標は実は良くならないのです。スローダウンとは低迷時に生産量を控えることですが、そうではなく、工期を短くすることが経営指標改善には必要です。いかなる外部環境下においても工期短縮が不可欠であることは論文で述べましたが、「スローダウンで工期を伸ばす」というような、工期短縮を実施しない戦略を選べば、いずれキャッシュが底をつき資金繰りに苦しむ危険性が増します。実際、日本では需要低迷期にスローダウン戦略を採用して経営が停滞する造船所が増えました。
経営の停滞に陥らないようにするには、現金の流入から流出を差し引いたキャッシュフローおよび、スループット(代金から材料費等の変動費を除いたもの、限界利益)を高めることが重要です。
論文では船舶の建造に要するリードタイムは11カ月(船台期間3か月)としていますが、仮にそれより短い期間でつくることができれば、月々支払うはずの金利分のキャッシュが手元に残ります。つまりそれだけ資金繰りについて悩む必要が減る、ということです。
経営者や社員が思考プロセスやフローの概念の基礎に関する知識を習得しておくことが、方針を見直す上で大きなポイントになります。
リードタイムの短縮を阻んでいるものとは
―― 「頭では理解できるけれども、そんなに短いリードタイムはできるわけがない」「いまでも懸命に工期を短縮しようと汗水流しているのに」といった、反論や意見が出ることもあります。
土井 本当にリードタイムを短縮しているでしょうか? たとえば、ある工程が終わるタイミングやスケジュールが決まっている場合、遅く始めないとリードタイムは短縮しないわけです。逆に、個別に各工程がめいめい仕事に取り掛かると全体のリードタイムは必ずしも短縮しません。
つまり「個々の工程を守ると納期を守れる」というバイアスが、工期短縮を阻害しているのです。工藤さんが千葉工場での設計にCCPM(Critical Chain Project Management:クリティカルチェーンプロジェクト管理)を導入する時に、「造船では守らないといけない期限はいくつありますか?」という意味深な質問をされました。私は答えに詰まり、考えさせられました。
私が担当する設計での経験でいうと、膨大な図面の期限厳守、これがミッションでした。ところが、設計に限らず、各自がそれぞれの仕事やミッションを我先に、と進めると全体的にギクシャクしてきます。図面は遅れる、時数は掛かる、と現場はもはや地獄のような有り様です。絶望的な状況に追い込まれていく背景には、「何が工期を長くしているか」がまったく理解されていない、という問題があります。
「全体最適」の実践が難しいのはなぜ?
―― 取り掛かりを遅くする、というと「あいつはサボっている」「仕事ができない」と、後ろ指を指される雰囲気が漂うことがありますよね・・・
土井 誰しも、どの部署の方も、懸命に仕事をやるわけですよね。複数の仕事の中で「優先順位を決めて進めよう」と提案や主張する人もいます。こうした前向きな姿勢は大切です。ところが、もし他の人の意見に耳を貸さず、個々がそれぞれ自分の思う優先順位でバラバラに進めていったならば、どうなるでしょう。システム全体としてどこかに歪みが生じてしまうわけです。こうしてみると、全体最適だと号令をかけたものの、実行するのは簡単なことではないわけです。
かつて私がTOCを学んだ後、自分なりにまとめたノートをもとに、社内コンサルとして勉強会などをたびたび開催しました。そのとき興味を持ってくれたグループの一つに、玉野の機械工場のメンバーがいました。経営環境が変化するなか、組織改編を経た三井造船にあって、その工場はいまも残っていますね。
→ インタビュー最終回に続きます。
論文の原文は土井氏のご厚意により弊社サイトに公開しております。
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