多様性を逆手に取るイノベーション 

ベテランと新人では、商談のなかでお客様が何気なく発した一言に対する気づきや印象が異なるかもしれません。ベテランは新人が見過ごしがちな、お客様の本質的な悩みを見抜くかもしれません。新人はその一言から業界の常識に囚われないユニークな着想をする可能性があります。  

このように同じ対象に対して人それぞれ多様な解釈が生じる特性を逆手にとり、イノベーションを促す試みは次第に浸透しています。ある完成品メーカーは、ユーザーである取引先のエンジニアを加えたチームを編成し、使い手の視点を早期に取り入れた満足度の高い新商品開発を推進しています。別の企業では、自社製品の熱烈な支持者(ヘビーユーザー)の口コミ発信力を利用してファンを増やし、マーケットを拡げています。これらは開発側では気づきにくい、利用者や顧客の視点や声を多角的に取り入れることで新たな価値を探る、パートナーシップに基づく開発やマーケティングに位置付けられます。  

あいまいな解釈がもたらすリスクを放置すると 

しかしながら、人それぞれの多様な解釈を放置しておく経営上のリスクもまた見過ごせません。もし、仕事で共有する資料に記入された、あるいはデータベースに入力された顧客企業の社名や住所、商品名や商品コード(品番)などが、正しく記されずに省略されたり、入力した本人にしかわからない記号やマーク(印し)などで表されたりしたならば、どうでしょう? 発注や請求を行う後続業務の担当部署に意図が正しく伝わらず、思わぬ手違いや取引先からのクレームにつながる懸念があります。  

あいまいな解釈がもたらすリスクを放置すると  

組織によって、同じ物品や事象についても独自に呼称や略称を与えていることは少なくありません(「融資」には「ローン」や「貸付」などの別称があるように)。ある企業や部署において、独自の名称をともに用いて仕事をすることは、そこで働く人たちの組織への帰属意識や一体感を高める効果があるかもしれません。とはいえ定義があいまいなまま属人的に情報をやりとりすると、担当者の異動や退職、新人や中途採用者の配属の際に組織内で情報がうまく引き継がれないおそれがあります。さらに企業間を結ぶサプライチェーンでの混乱やトラブルを招く一因にもなりかねません。  

弊社コラム「話がうまくかみ合っていないな」と思ったら(前編後編)でご紹介したTOC(制約理論)の考え方のひとつ、CLR(Categories of Legitimate Reservation)では、最初のステップであるレベル1において、関係者間で用語や文章の意味の明瞭性を確認・検証するフェーズがありました。  

「育て方」によって変わるAI  

多様な解釈が生じる特性を改善活動やイノベーションに活かそうと挑戦することもできれば、解釈のばらつきを適切に制御してコミュニケーションの円滑化を図れるのも人間です。私たちは日々その渦中で試行錯誤しているわけですが、昨今脚光を浴びるAI(人工知能)の品質や「癖」においても、この特性は無関係ではありません。 

企業や行政機関では、顧客や住民からの問い合わせへの対応や議事録の作成などに、自然言語処理を可能にする生成AIの一種(大規模言語モデル)を導入する取り組みが注目されています。こうしたAIには、人間の知能を模したニューラルネットワークと呼ばれる仕組みが用いられています。  

「育て方」によって変わるAI  

大まかな仕組みは、まずコンピューター上の「仮想的な脳」に、大量の文章を訓練データとして入力します。訓練データには、人が読んで違和感のない文章を用いて、その中の語句および、語句と語句のよくあるつながりなどを機械的に学習させます。ある程度学習が済んだAIに、画面を通じて新たに文章の一部や質問を提示すると、それに続く可能性が統計的に高い語句を選択し、数珠つなぎに連結していきます。こうして、それなりに「自然な文章」や「自然な回答」を作ってくれますが、語句のつなげかたは訓練データの質や学習レベルに基づいた確率に左右され、一通りではありません。つまりAIの訓練度に応じて、文章の品質や癖にばらつきが生じます。  

AIの訓練には大量のデータが必要ですが、そこには根拠に乏しいフェイクニュース、特定の人や組織の誹謗中傷を含むもの、著作権などの他者の権利を侵害するデータ、またはプライバシーに関わる個人データなどは取り除かれます。「偏った文章」が生成されることを防ぐためです。そのさじ加減には人の判断が介入します。人の判断が介在するということは、多様な解釈による「ばらつき」が生じる可能性が常に存在することと背中合わせです。 

高品質をめざすAIに必要なことは、ことばやコンピューターに関する技術や知識だけではありません。人権や責務に関する法制度や社会通念、多様な文化に関する理解と尊重、倫理への配慮を兼ね備えた人間の知能が欠かせません。データの前処理やアルゴリズムのチューニング、アノテーション(情報の付加)をおこなうエンジニアなどが協業するクラウドソーシングでは人材の争奪戦が過熱しているといわれます。とはいえ、人間による判断の偏りをまったくなくすことはきわめて困難でしょう。 

変化し続ける「ことば」 

企業などの組織やサプライチェーンでは日々そこに参画する人々が「ことば」を用いて対象を理解し合い、新たな意味や解釈、価値を創造しています。その過程で解釈の幅やばらつきが生じるのは、人それぞれ個性を有するがゆえにごく自然に起こり得ることです。 

変化し続ける「ことば」 

「ことば」がもつ意味も、時代背景やコミュニティによって変化していきます。いつの間にか伝わっていると思っていた「ことば」が通じなくなっていたり、人を傷つけかねない偏った表現が独り歩きしていたりすることも少なくありません。 

たえず人が入れ替わる組織では、そこで用いられる言葉の意味や用法を「いちど確認・検証すればおしまい」ということは難しいでしょう。意味や解釈を確かめ合う確認の場や教育の機会の提供は欠かせません。「脅威論」がくすぶるものの人手不足などの課題解決にAIの活用が避けられない今日、あらためて人間の創造性、人間にしかできないことはなにかを見直すチャンスが訪れているのではないでしょうか? 


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