組織は新たな知を生み出す場

ナレッジ・マネジメントの分野における有名な考え方に、野中郁次郎 一橋大学名誉教授が提唱したSECIモデル(セキモデル)があります。

SECIモデルについては多数の書籍や論文が著されていますが、ここでは人気を博した一冊「アジャイル開発とスクラム」(平鍋健児、野中郁次郎著、翔泳社、2013年初版第二刷)を紐解いてみましょう。SECIモデルは知識というものが、どのように生まれて成長していくかというメカニズムを、暗黙知と形式知という、2つの知識形態の螺旋(らせん)構造として捉えたものです。

暗黙知とは、言葉や文章で表現することが難しい経験知といえます。例えば、「自転車の乗り方」や、ビジネスにおける「顧客を怒らせないクレーム処理」というスキルなどです。これに対して、形式知とは言葉や文章で表現可能な知識で、科学分野においては数式で記述された理論、またビジネスにおいては企業内で整備された概念やマニュアル、データベースなどは形式知に該当します。「顧客を怒らせないクレーム処理」のうまい人であれば、そのスキルをマニュアルや事例集に文書化したときに形式知となります。

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氷山にたとえると水面下にあるのが暗黙知で、海上に見えているのが形式知です。両者は分かちがたく、相互に変換されていく活動を「知識創造活動」と呼びます。組織とは、膨大な個人の暗黙知を集団で共感、共有して形式知に、また個人の暗黙知に変換して、新しい知を作り出していく知識創造の場といえます(*)。

ところで、知識創造活動は、なにもせずとも自然発生するのでしょうか。そんなことはありません。リーダーシップと活動しやすい場づくりが必要です。

「管理する」から「任せる」視点へ

1900年代に自動車の大量生産システムが発明されて以来、それまで職人主体だったものづくりにはなかった、生産計画や製造ラインの監督管理といった仕事が生み出されました。これらは間接業務と呼ばれましたが、工場運営やものづくりに関する横断的な知識が必要とされることから、製造ラインの組立や加工のような直接業務より厚遇される傾向にありました(科学的経営手法についてはこちらのコラム「変化の中で永続する企業の条件とは(後編)」をご覧ください。あわせて「リーダー不在の状況を脱するには?」もぜひご一読ください)。

これに対して知識創造はあらかじめ計画したり、管理、監督したりすることはきわめて困難な対象です。なぜならば、知の創出や、相乗効果を生み出す創発的な活動は、個人の情熱や閃き、ふとした第三者の発言、または「当初、失敗かと思われた偶発的な現象」などが多分に作用しているからです。

そのような偶発性の高い現象はどうすれば起こしやすくなるでしょうか。

知識創造活動で求められるリーダーシップでは、異質な文化やバックグラウンドを持つ、組織内外の多様な人々の新しい出会いが生まれるようにすること、そして知識創造が促されるような場づくりが大事になります。「管理する」というより「任せる」という視点が大切です。

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ソフトウェアのアジャイル開発手法の1つ、スクラムを例にとりましょう。スクラム開発における「スクラムマスター」の役割は、管理者という立場ではなく、製品開発の場をつくり、メンバーの持ち味を発揮させる支援型リーダーです。また「プロダクトオーナー」は製品への思いと情熱を語り、ビジョンを掲げ、スクラムチーム全体を巻き込むリーダーに位置づけられます。

山あり谷ありのプロジェクトの中で、そのチームはうまく力を出しているでしょうか。メンバーの表情を覗いてみてください。キラキラと輝いていれば順調といってよさそうです。

プラスαでオリジナルの価値

「とはいえ、そうそう都合よくイノベーションなんて起きないよ」というご意見もあるかもしれません。たしかにイノベーション(=新たな結合)といっても最初からいきなり、商業化可能な、画期的な何かがドーンと出てくることはほぼないでしょう(イノベーションについては、こちらのコラム「イノベーションは「天才」だけが実現できるもの?(前編)」もご覧ください)。

個人や組織に蓄えられた暗黙知の共同化や表出化を進めるには、それにふさわしい雰囲気づくりやインセンティブ(誘因)が必要です。それは職能やスキルに対する賃金などの外発的な動機に基づく評価軸だけではありません。加えて、個人の裁量を増やしてやりがいを高めたり、好奇心を尊重した仕事を認めたり、成長を実感できるような挑戦の場を作ったりする、といった(働く人の)内発的な動機に着目した評価のバランスが重要です。

さらに、自分のアウトプットをできるだけ目に見えるようにオープンにしやすい場、心理的安全性に配慮した運営が得意なファシリテーターがいると、知識が表出化され、組織内のポジティブな化学反応が起きやすくなります。

最初は小さな芽生えやアイデアかもしれません。しかし、「既存の製品やサービス+α(アルファ)」でもオリジナリティはあります。(そこからさまざまなハードルを越えるためには、事業化や資金調達の知見を持つ人などと出会う場が必要になるものの、)まずは一歩を踏み出してみることから物語は始まります。

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さまざまな社会的、構造的な課題が顕在化する日本ですが、その中で日本人らしいきめ細やかさや感性を追究する姿勢、相手の立場や生活の質(QOL:Quality of Life)を想う知恵や工夫を、既存の仕組みにプラスアルファするチャレンジの意味は決して小さくありません。世界で求められる、そして喜ばれる新たな市場との出会いは、これからもたくさん起こると私たちは信じています。

[注記(*)] SECIモデルにおける暗黙知と形式知の変換活動には次の4つがあります。

  • 共同化(組織の中で個人から個人へ暗黙知を共有する活動)
  • 表出化(個人や組織で持つ暗黙知を分析し、伝達可能な形式知に変換する活動)
  • 連結化(異なる形式知を組み合わせたり加工したりして新たな知を生み出す活動)
  • 内面化(新たに生み出された形式知を個々人の暗黙知として取り込む活動)

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